《短編》空を泳ぐ魚2
未だ残暑厳しい新学期。


さすがのあたしも、いい加減進路を決めなきゃ大変なことになる。


留年だけは、何とか免れたいのだけれど。


気持ちとは裏腹に、暑いばかりで脳みそさえも死んでしまいそうだ。




「…と言うわけで、産休に入った西岡先生に代わって、私、桜井美奈子が今学期からみなさんの数学を担当します。」


その瞬間、男子たちからの野太い歓喜の声が上がりあたしは、

驚いて四角い窓の外に移していた視線を、教壇へと戻した。


話を全く聞いていなかったためか、何でみんなが喜んでるのかわからない。


しかも教壇には、見たこともない女が居るし。



「じゃあ、授業を始めますね。」


ポカンとしたまま隣の席の冴えない女に視線を移すと、

おもむろに数学の教科書を開きだした。


黒板に描かれていくパラレルワールドな記号たちを見て、

少しだけ動き出していた脳みそがまた思考を停止してしまって。


眠気を誘うような呪文みたいなことを言いだした女の声に、

再びあたしは、四角い窓の外へと視線を向けた。


今日も探すのは、魚の形をした雲ばかり。



子供の頃初めてそれを見つけた日の帰り道、100円玉を拾った。


幼心に銀色に輝く100円玉は大金で、

握り締めてそのまま、駄菓子屋に向かった記憶がある。


次に魚雲を発見した日には、勘で選んだだけの選択問題で、

まさかの50点を取ったのだ。


思い出してもあれは、奇跡的だった。


そんなことが重なりあたしは、気付いたら無意識のうちに空を見上げていた。


そして探す、魚の形。


あれを発見すると、何だか良いことがある気がするから。


だけど今日も、見つからない。


それどころか、この照りつける日差しを遮る雲さえもない。


諦めてため息を吐き出しながら、

呪文のような方程式のBGMを聞きあたしは、眠るために机に突っ伏した。


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