《短編》空を泳ぐ魚2
「どうする?
俺んち泊まるんなら、俺は弟の部屋行くし。」


「良いよ、そこまで迷惑掛けられないから。」


そう言ってテーブルの上に置いてあったCDをバッグの中に入れ、

ひとつため息をついて立ち上がった。



「心配だし、送ろうか?」


「そんな気使わなくても良いのに。
別にあたしのこと襲うほどの物好きも居ないだろうし。」


心配そうなその顔に少し笑いかけ、タクちんの家から出た。


気を抜けば、その優しさに甘えてしまいそうで。


タクちんがそんなつもりなんてないのわかってるから、

さっきのことは、笑って流して欲しかった。


何でもなかったんだ、って。


そんな風に、思って欲しかったから。



「まぁ、何かあったら話くらいなら聞けるから。」


「ははっ、タクちんらしいね。
けど、バンドのことだけ心配してなよ。」


玄関の外まで律儀に送ってくれたタクちんに軽く手を振り、

最後まで顔を崩すことなく別れた。


先ほどよりも、幾分風が冷たさを増している気がして。


あれほど暑かった夏、岡部と一緒に過ごしたことが、

もぉ遠い遠い過去のことのように感じてしまう。


ウザかったけど、嫌いじゃなかった。


好きじゃなかったけど、ただ安心してた。


気を許さなきゃ、こんなよくわかんない感情になんてならなかったのかな。


相手があの、大嫌いな数学魔女だったから?


あたしはこれから、ちゃんと卒業出来るのかな。


いや、岡部なんかに頼らなくたって生きていけるって、証明しなきゃいけないんだ。


あんなヤツ、もぉ必要ない。


元々ひとりで生きてきたんだから、今更あんなヤツが居なくなったって、

どうってことないじゃない。


だから頼むから、心が痛いの治してよ。


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