《短編》空を泳ぐ魚2
数学魔女を壁に押し当てた岡部の背中。


後ろから見た感じ、先ほどまでキスでもしていたようにさえ見えて。


あたしに話って、このこと?


こんなものを見せられるために、あたしは呼ばれたの?


ゆっくりと岡部はこちらを振り返り、

驚いたような瞳であたしを捕らえて。


瞬間、その瞳を睨み付けた。



「見せつけてんじゃないわよ、目障りだから。」


頭で考えるより先に、言葉が口をついていて。


心底岡部に対し、嫌悪感を抱いてしまう。


こんなヤツに謝ろうとしていた自分は、なんて馬鹿だったのだろう。


だけどこの状況は、逆に利用出来るから。



「…バラされたくなかったら、二度とあたしに話し掛けないで。」


「―――ッ!」



その汚い手で、二度とあたしに触れないで。


目を見開いているその顔は、ひどく滑稽に思えて仕方がない。


当然だろう。


だってあたしは、この男の弱みを握ったのだから。


数学魔女だってそうだ。


もぉ二度と、こんな女に侮辱されなくて済むのだと思うと、

笑いさえも込み上げて来て。


そのまま背中を向けあたしは、

一歩も足を踏み入れなかった英語科資料室の前から立ち去った。


気付けばもぉ、太陽の半分以上は顔を隠していて。


世界は闇へと侵食され始める。


傷つきたくなんてなかった。


アイツに傷つけられたなんて、思いたくもなかった。


あたしは今までも、そしてこれからも。


ひとりで生きていけるんだから。


あんなヤツ、いらないんだ。


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