愛 声【密フェチ】
「今日って何の日か覚えてる?」
あのまま失神してしまったらしい私は、目が覚めてから静かに口を開いた。
「さあ、何だったっけ」
やっぱり。毎年これだ。
分かっていても、溢れてきたものに慌てて目元をぬぐう。
直後、指にはめられていた指輪に気づいた私は驚いて彼を見上げた。
「……なにこれ」
「結婚してくれないか」
「……なに、それ」
悪びれず微笑む彼を見つめる。
――私が好きなのは、あなたの声で。
こうして涙をぬぐう長くて筋張った指とか、引き寄せるしなやかな腕とか、
逃がさないようにすっぽりと包みこんでしまう広い胸とか、そういうものじゃなく、ただ、声が。
そのはずだったのに。
「待たせてごめん」
耳をかすめる声は、ねえ、本当なの?
「私……今日、28になったの」
「そっか。おめでとう」
「……バカ」
誕生日も覚えていない人。いきなり結婚してくれなんて言う人。
「嫌だって言ったら、どうするの?」
「言わないって分かってる」
そう、私はあらがえない。
耳の上で紡がれる、本物の言葉に。
直接流れ込んでくる、愛しい声に。
その声を持つあなたから
「……愛してる」
一番聞きたかった言葉を与えられたから。
-fin-