つかまえて。
香りの正体
満員のバスは、ジメジメした雨の日よりも憂鬱だけど。
今朝だけは違った。
隣に偶然、憧れの彼が立っていた。
すれ違うたびに良い匂いのする、同じクラスの篠田君。
艶のある清潔そうな黒髪と眼鏡が、彼を優等生風に仕立てている。
ただ残念なのは“女には興味がない”という噂があること。
手すりを軽く掴むしなやかな彼の腕に見惚れていたとき、急カーブに差しかかり車内が大きく揺れる。
バランスを崩した私の体は、進行方向にいた篠田君にもたれかかった。
「わっ。ごめんなさい」
半袖のシャツから伸びる、硬くてすべすべした腕に触れてしまった私は、急いで彼から離れる。
わざとじゃないのに、すごく気まずい。
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