ヘヴィノベル
それは18禁コーナーで始まった
 本屋の18禁コーナーから出てきたクラスメートに突然出くわしたら、そりゃ大抵の中学生は驚く。それが優等生で、真面目で目立たなくて、どっちかと言うとカタブツってイメージの女生徒ならなおさらだ。
 一応変装のつもりなんだろうが、いくら私服で安っぽいサングラスかけて、薬局で買ったマスクまでしてたって、さして大人びてもいない、どちらかと言うと年相応の見かけの中3じゃ、誤魔化せるはずはないんだが、そこまでは必死で考えが及ばなかったのだろうな。
 それに髪型が学校にいる時と同じ三つ編みのお下げじゃ変装になっていないだろ。こりゃ店員も気づいていて見逃してくれたんだろうな。それにしても、品行方正で通っている前島美鈴が夜の9時近くに本屋の18禁本のコーナーとは驚いた。
 こいつ、そんな不良だったのか?なんて呆気に取られていたら、あわてて走り出ようとした前島がもろに俺にぶつかって来てしまった。床に転んで彼女の手から本屋の袋が落ち、今そこの18禁コーナーで買ってきた物だろう、ハードカバーの本が2冊転がり出た。
「あ、悪い」
 俺はそう言って本を拾ってやった。そして改めて腰が抜けるほど驚いた。この優等生の評判高い女子が、こっそりこんな本を読んでいるのか?本の表紙の題名と作者名を何気に見てしまった俺は息を呑んだ。
 太宰治の「人間失格」に三島由紀夫の「金閣寺」だって?18禁本の中でも最悪の有害指定図書じゃないか!もちろん俺は読んだ事はないけど、「人間失格」は自殺を美化する、人の命を軽々しく扱った不道徳な内容、「金閣寺」は放火犯を主人公にした障害者差別丸出しの悪書、そう俺は聞いているぞ。
 床から立ち上がり俺から落とした本を受け取りながら、前島は俺の顔を見てはっとした口調で「あ!松陰(まつかげ)君!」と思わず叫んだ。おいおい、せっかく変装してんのに自分から俺のクラスメートだって事ばらしてどうするんだよ。
 前島は自分でもそれに気づいたらしく、見る見る耳の先まで真っ赤になって、本が入った袋を俺からひったくるように受け取って、もうダッシュで本屋から出て行った。しばらくポカンと入り口の方を見つめた後、俺は自分の用事を今さら思い出してライトノベルの棚の並びに向かった。
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