ヘヴィノベル
「どうしてよ?どうして文学がそんなにいけないの?どうしてよ?」
 ひとしきり泣き叫んで、ようやく前島は落ち着いた。今日は前島の精神状態を気遣ってかコーヒーではなくハーブティの入ったカップを渡しながら、園田先生は自分の机の鍵のかかった引き出しを開け、中から一枚のブルーレイディスクが入ったプラスチックケースを取り出した。
 そして先生は、この人には珍しい、真剣な表情で俺たちに向き直り、そのケースを手前に差し出しながら俺と前島に言った。
「君たちに頼みたい事があるの。もし先生が突然いなくなる事があったら、これをある場所に届けて欲しいのよ」
「それはどういう意味です?」
 俺と前島は期せずして同時に同じセリフを口にした。先生は少し微笑んで、だが目は真剣そのものの様子を崩さずに答えた。
「あくまで、もしそんな事があったら、の話よ。君たちはただ届けるだけでいい。あとは彼らがやってくれる」
「彼らって……誰の事です?」
 まだ状況がさっぱり理解できないでまごついている俺が、我ながら間の抜けた口調で訊く。先生は小さく折り畳んだ首都圏の地図をケースに中に押し込みながら答えた。
「ゼンカクレンと言う名の、学生組織よ。この地図に彼らの本部の場所が書いてある」
「どうして先生が自分で届けないんですか?」
 今度は前島が訊いた。先生は、少し前なら俺が冗談だと思って笑い転げただろう内容の返事を返した。
「私は監視されているから、よ」
 俺は手を半分伸ばしかけながら心の中でビビリまくっていた。何か関わらない方がいいような、頭の奥の方でザワザワとたくさんの虫が這いまわっているような、そんな嫌な感じがした。
 そのケースを決然とした手つきで受け取ったのは前島だった。俺は驚くとともに、女の子に度胸とか勇気とかで後れを取ってしまったように感じて、ちょっとバツが悪くなった。
 園田先生は自分のカップの中身を苦そうに飲みながら誰にともなく、という雰囲気でこう言った。
「この世の中、何が正しくて何が間違いなのか、何が正義で何が悪なのか。その定義が180度逆転してしまっている事なんていくらでもあるのよ」
 そして先生はまたカップに口をつけ、一口飲んですぐにカップを離し、また俺たちを見ているのか、宙を見ているのか、分からない様子で言葉を続けた。
「誰も気づかないうちに……ある日突然にね」
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