ヘヴィノベル
 やがて湖の端が近づき淡いモスグリーンのアーチ型の橋が見えてきた。あれが地図に印がつけてあった「鴨沢橋」だろうか?だとしたら目的地はもうすぐだ。雨はますます激しくなって、合羽のフードの端からボタボタと大粒の水滴が絶え間なく流れ落ちた。俺は前を見ているのもしんどくなり、念のため少しスピードを落として前島の真ん前を走った。
 だが橋の手前で一台のバンが後ろから俺たちに追いつき、急にスピードを落として俺たちの真横に並んで走る形になった。そして助手席のドアが開き、そこから鬼のような顔つきをした中年オヤジが俺たちに向けて怒鳴った。
「こら!松陰、前島!止まれ!」
 それは俺たちのクラス担任だった。ついに追いつかれたか、って言うか、ここまで追いかけてきやがったのか?間違いない、これは日教連の差し金だ。
 俺は左腕をぐるぐる回して前島に先に行け、全速力で走れ、と合図した。前島も既に事態を察したらしく、残りの体力をフル稼働させて橋に向けて加速した。俺は横を走るバンの窓から聞こえる担任の怒声を浴びながら、思いっきりペダルを踏んだ。
 橋をなんとか渡りきった所で、前島の自転車が雨でぬかるんだ地面でスリップし、派手に転倒した。側まで走り自転車から飛び降りた俺は前島を助け起こしたが、前島は右の足首を抑えて小さなうめき声を上げながら、またしゃがみ込んでしまった。足を痛めたのか?
 俺は絶望的な気分で後ろを振り返った。だが、担任の載ったバンは橋を渡りきる寸前で停まっていて、なぜかこっちに来ない。ふと見ると、俺と前島は濃い紺色の雨合羽をすっぽりかぶった奴二人に前後からはさまれていた。もう一人、同じ紺色の合羽をすっぽりかぶった奴が担任の乗ったバンに近づいて行った。そして担任にこう言った。それは若い女の声だった。
「先生方、ここはもう東京都ではありませんよ。ここからは私たちが引き取ります。よろしいですね?」
< 23 / 50 >

この作品をシェア

pagetop