ヘヴィノベル
 翌日は朝からうだるような暑さだった。ま、夏休みが近いと思えば悪い事じゃないんだが、休みの前に何本も授業でレポートを提出しなきゃならないし、それに年が明ければ高校受験だから、俺の周りは浮かれていられる気分じゃなさそうだ。
 一時限目は俺の一番苦手な現代国語の授業だった。中年オヤジのセンコーの声が教室中に響く。
「前の授業で言ったように、書物に使われる言葉づかいは、漢文から文語体へ、そしてより話し言葉に近い口語体へと進化してきたという歴史がある。書物と言えば漢文が常識だった時代に、平仮名で書かれた『源氏物語』がわが国最初の、そしておそらくは世界最初の、ライトノベルであるというのが文学史での通説になっている。その作者紫式部を輩出したのが日本であった事を、私たちは誇るべきである。しかしながら、明治維新以降の性急な近代化政策が文学作品と呼ばれる一連の俗悪な内容の悪書を生み出してしまい、それを高尚な物としてあがめる風潮が広まってしまった時代があった。これは君たちもよく知っているはずだが、その悪しき文学作品という一連の書物は、学校教師その他の教育関係者の長年の努力により、現在では青少年の健全な心身の発達に悪影響をおよぼす有害図書として18歳未満への販売、貸与、閲覧が禁止されている。君たちが今、小説と言えば健全な内容のライトノベルをのみ推奨されている現状は、その先人たちの長い闘いのおかげなんだ」
 そこで先生は副読本から視線を上げて、俺たち生徒を見回しながら声のトーンを高めた。
「日本国憲法は表現の自由を保障しているから全面禁止はできないのが残念だが、おまえたち!たとえ18歳を過ぎても文学作品などという下らない物は読まない方がいいぞ」
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