ヘヴィノベル
 前島はほっとしたのか、よほど不安だったんだろう、近くの椅子にへたり込むようにして座って放心したように宙を見つめていた。園田先生は雰囲気を変えようとしてか、インスタントコーヒーをカップに3杯作り、俺と前島にも手渡した。俺は別にのどは乾いていなかったし、この暑い中ホットコーヒー飲みたくはなかったが、断るとまた気まずくなるのを恐れて無理やり口に流し込んだ。
 前島は優等生で俺とは共通点がないから、同じクラスなのにろくに話した事もなかった。それに問題教師に見られている園田先生と前島が仲が良かったのも意外だった。この二人に共通している事って?あ、そうか、二人とも日教連が目のかたきにしている種類の本を読んでいるって事か。
 だけど先生はともかく、前島は未成年だから、文学作品読むのはまずいだろう?そう思っていると前島がとんでもない事を言い出した。
「ねえ、松陰君、今の学校教育っておかしいと思った事はない?」
「は?おかしいって何が?」
「あたしはライトノベル自体は決して嫌いじゃないわ。中にはとても感動的な物語だってあるのは分かる。でも、どうして太宰治や三島由紀夫の作品を読んじゃいけないの?あれだってすごく感動的な物語よ。どうして、これは読んでいい、これは読んじゃだめ、それを自分で決めちゃいけないの?」
「い、いや、俺は頭悪いから、そんな事を訊かれても……」
 俺の狼狽を察した園田先生が横から話しかけた。
「それは社会のルールでそう決まっているから。多分ほとんどの人はそう答えるでしょうね」
「あ、さすが先生。そうだよ、前島。社会のルールだから」
 だが園田先生は予想外の言葉で俺を遮った。
「じゃあ、松陰君。そのルールって何か知ってる?」
「え?そりゃ法律とかでしょ?」
「いいえ」
 園田先生は珍しく真剣な顔つきで長い髪を震わせるように頭を横に振った。
「文学作品を18禁にしろって決めた法律なんかどこにも無いわよ」
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