アディクト·ナイト《密フェチ》
非日常の匂い
「お一人様?」
顔を上げると、目の前に薄っぺらな笑顔の男。
その表情に悪意は感じられないが、下心は見える。
私はすぐに彼から視線を反らした。
「…友達と」
そう言って眼下のフロアを指す。
もう豆粒みたいに小さくなってしまった友人は、周りの人だかりに消えかけて、はっきりとその姿形を認識できない。
彼女に「憂さ晴らしに行こう」と誘われてのこのこついて来たものの、私はこの通り高見の見物をするだけ。
そんな週末のクラブ。
「あら、元気なご友人」
「お蔭で私は置いてけぼりだけど」
私は手に持っていた紙コップに唇をつけた。
こんなところで飲むお酒など、美味しい訳もなく。
それでも私が口をつけるのは、この空間に酔っているから。
薄暗く、喧しく、私の日常を完全に遮断する、まるで異空間のこの場に。
職場に在る自分と今の自分が己でも同一とは思えず、そんな現状に気持ちは高揚している。お酒なんて、雰囲気や気分次第で美味しくも感じるしまずくも感じるものだ。
異性もまた然り。
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