珈琲の香り
「…――樹、もうあがれる?」

「……えっとね……」


そっと涼さんの顔を見ると、


「…帰れ」


って、冷たく言われた。

今日は夏休みとはいえ平日で、お客さんも少ない。

涼さん一人できっと間に合う。

だけど……ほんの少しだけ、止めてほしい気持ちもあった。

決まった時間のない、自由出勤のバイトだからこそ、涼さんに止めてほしかった。


「……じゃあ、あがります。お疲れさまでした………」


……何でだろう?

蒼くんが早く迎えに来てくれて、涼さんも私たちの関係を知っているからこそ、早く帰らせようとしてくれているのに。

それなのに……泣きそうなの。

胸が苦しいの……


私って、ヘンだね……



「じゃあ、行こっか?」

「はい…」


蒼くんに手を引かれて店を出ると、夏の日差しが私を包む。


……今日も、暑いな……


「樹ってさ、あんな風に笑うんだね?」

「え?」

「豪快っていうかさ、ホント、楽しそうに笑うんだーって初めて知ったよ」

「そ、それは…普段落ち着き払ってる涼さんがコケたりするから!……ダメ…かな?あんな笑い方……」

「うーん。いいんじゃない?僕は好きだよ。あんな風に豪快に笑うの」


蒼くんの顔、見れないよ……

恥ずかしいし、嬉しいし……

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