珈琲の香り
最後のカップを食器棚に戻し、休憩中の看板を出すと、さっきまで笑顔だった涼さんの顔が、いつもの無愛想な顔に戻っていた。


「…始めるか」

「はい。……よろしくお願いします」





涼さんの待つカウンターに入ると、少しだけ手が震えた。


……緊張する。

涼さんの隣に立っただけなのに。

いつもはカウンター越しに見上げる顔を、今は真横から見上げている。

冷たく見える一重の瞳、子供のように透き通った肌、うっすらと伸びた髭、初めて感じる、涼さんの体温…。

鬼の特訓が怖いからか、それとも、初めて涼さんに“男”を感じたのか、どちらかわからない緊張感が私を包む。


「…まず、家で淹れるようにやってみな?」

「はい……」


手が震えていること、涼さんにはバレませんように……

そう願いながら、ヤカンに水を入れる。



いつもは無口で、涼さんからは無駄話を聞いたことがない。

だけど、今日は違った。

お湯が沸くまでの間、蒼くんの子供の頃の話を聞かせてくれた。

子供の頃からすごく泣き虫で、いつも涼さんの後ろで泣いていたこと、お遊戯会は毎回王子様役だったこと、猫を拾ってきたけど、叱られて猫と一緒に家出したこと。

私の知らない蒼くんの姿を、涼さんは話してくれる。


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