珈琲の香り
「風花さん、僕の姉だけど、にいちゃんと幼馴染みでね。
子供の頃からよく遊んでもらってたんだ。

風花さんとホント、仲が良くてさ。いっつも二人にくっついて遊んでた。」


蒼君の目は、遠い何かを思い出すように、じっと足元を見つめたまま、話してくれた。


「にいちゃんはね、無口で無愛想だけど、風花さんといるときは笑ってたんだ。
楽しそうにね。
……今の樹と同じように。
久しぶりに見たよ。
にいちゃんの笑うところ……」

「……風花さんは……今……?」

「もう…いないよ。
高校を卒業して、大学入学直前に風花さんの妊娠がわかって。
両親には反対されたけど、二人とも進学を諦めて、結婚して。今の店を開いて……
幸せになろうとしてた。
たぶん……幸せだったんだと思う。
だけど、もう少しで子供が生まれるっていうときに……」


蒼君の表情が曇る。

今はいない……

その言葉の意味は、私には衝撃過ぎた。


「事故だったんだ……
買い出しに出た風花さんは、飲酒運転の車に轢かれて……」

「……え……………」


幸せになろうとしていた矢先の事故。

その悲しみは計り知れない。

そんな大きな悲しみを背負った人を、私は好きになった。

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