桜が求めた愛の行方
『このお店には良く来るのね』

『はい』

『パリに居たときは、外から眺めるだけ
 だったから、こんなに内装が素敵だなんて 知らなかったわ』

『さくら様は自分に厳しすぎます』

『え?』

『だから…私も気づいてしまったのです』

『何のこと?』

『ここの本店になど気軽に入れたはず
 なのに、外から眺めただけだなんて…
 他にも沢山の三ツ星や高級ブティックに
 行けたはずなのに、あなたのパリでの
 暮らしは質素倹約そのものでした』

『それは……』

『それは、藤木家の財産がご自分のもの
 だと思っていないから、ですよね?』

『………』

さくらは何も答えなかった。

『私はあなたのそんな暮らしぶりに、
 もしかしてご自身の出自についてご存知
 なのかも知れないと気づいたのです』

『そう』

《お待たせしました》と運ばれてきた
カフェオレとスイーツに、いったん話が
途切れる。

田所の言うように、パリでの暮らしは
藤木のお嬢様とはかけ離れていた。
それまでの人生、湯水のようにとはいかないまでも、パパが生きていた頃はなに不自由
なく暮らしていたことは間違いない。

自炊している私なんてパパを悲しませてしまったかしら。
暗い気持ちになりそうだったので、
季節のムースを口に運んだ。
蕩けるような口当たりとほどよい甘さ加減に、自然と笑みが零れた。

美味しいものの力はすごい。
自炊を始めてすぐに、料理の虜になった。
集中して作る過程は嫌な事全てを忘れさせてくれるし、出来上がったものは新しい喜びを与えてくれ、嫌な事に立ち向かう活力を
もらえる。

『ところで、話って?』

『電話でお話した事ですが……』

『軽井沢のホテルの事ならば、もう納得
 したから大丈夫よ』

母の再婚相手……実の父親が軽井沢のホテルの改装計画に加わっているなんて
本当は耐えられないけれど。

『勇斗様と一緒に行かれると?』

『仕方ないわ、別居なんてできないもの。
 あの人だって暇ではないでしょうから、
 軽井沢にずっといるって事はない
 でしょう?顔を会わせない様に何とか
 1ヶ月過ごすわ』

『そうですか』

『なに?何かあるの?』

『沢木副社長が動き始めました』

『ついに来たわね』

『はい』

実は以前パパの改装計画を、裏から手を
回して妨害したのは、当時専務で、
従兄弟でもある、現副社長の沢木雪成
《さわきゆきなり》だった。

田所さんが調べた所によると、
当時パパとお祖父様が対立するほど
分かり合えなかったのは沢木がお金を使って回りを味方にし、パパの意見や事実とは違う話をお祖父様に伝えていたからだと言う。

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