桜が求めた愛の行方
勇斗は磨き込まれた柱や床を新しくする
つもりはなかった。
新しくするのは、不便さの部分だけだ。
そして、メインダイニング。
正直、この老舗ホテルがここまで落ちて
しまったのは、料理のせいだと思っている。
副社長は、自分の気に入らない人間を
どのホテルでも即解雇していた。
ここのシェフもその一人だ。
どんな職業だろうと、みなプライドがある。
特に手に職がある人間のそれは高いものだ。
アホ副社長め。
フレンチのシェフに蕎麦を出せなんて
馬鹿も休み休み言えっての。
修復不可能な関係になる前に、誰か手を
打とうする者がいなかったのかよ。
彼の作るビシソワーズは絶品だったのに。
過ぎた事を言っても仕方ない。
代わりは見つけられたんだ。
あり得ないほど、素晴らしい代わりが!
アンジェドスリズィエの味は文句なく
素晴らしい。
さくらの義父だと知らずに、そしてこんなに有名になる前に、銀座の店を訪れた事が
あったが、お薦めのポアソン…
スズキの味は一度食べたら忘れられない。
魚料理は彼の得意だと聞いている。
あの味がここで叶うなら、文句なく客は
戻ってくるだろう。
問題は……いや、それにはまだ手を触れず
にいよう。
さくらを傷付けることはしたくない。
しかしいつまでも、このままでは
いかないだろうな。
さくらは何故あぁも、山嵜さんを避ける?
いい加減、すみれおば様を許しても
よさそうなのに。
要人さんはもうこの世にいないんだ、
すみれおば様が前に進むのは仕方ないだろ。
それに、山嵜さんは職人気質で仕事に
妥協を許さない所も含めて、良い人だ。
何とか軽井沢にいる間に、親子の関係を
修復してやりたい、そう思っている。