桜が求めた愛の行方

『何をしているかと思えば……』

呆れた声に背後から抱きしめられて
頭に顎を乗せられる。

スーツ姿の逞しい腕に添えようとした
自分の手を見て顔をしかめた。

借りたエプロンをしているが、
ギャルソンタイプのものだから、
服だって粉まみれなはずだ。

『汚れるわよ』

『かまわないさ。俺の奥さんはお得意の
 甘い匂いがするぞ?』

勇斗は甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
この甘さは、お菓子だけじゃない。

『見ればわかるでしょ?!
 ストレス発散していたの』

それを聞いた彼はくくっと笑った。

『なに?』

『女性のストレス発散といえば、買い物と
 相場は決まっていると思っていたよ』

『あいにく、私は欲しいものがないのよ』

『それは夫として喜ぶべきだろうな』

さくらはくるりと向きを変えて、
目尻の下がった彼を見上げた。
最近はいつでもこんな風に、
愛情をオープンに表現してくれる。
さすがに人前では恥ずかしいけれど、
身体中が幸せに包まれる感覚は
いつだって嬉しくて胸がぎゅっと甘くなる。

『お仕事は?終わったの?』

夢中だったから時間に気づかなかった?
彼の腕時計を持ち上げて時間を見る。
まだ3時過ぎじゃない。

『それがさ、田所がどうやったらおまえの   作ったものをいただけるか教えて欲しい   なんて真剣な顔で言うから、
 何のことかと思えば……
 あの人の意外な一面を知って
 正直、面食らったよ』

今度はさくらがクスクス笑う番だ。
田所さんは、本当に甘いものに目がないのね

『それであなたがここへ来て
 私をおだてて、甘やかしている間に
 彼がかすめ取ろうと計画したのね?』

『そうさ、男ってやつはいつだって
 賢明に、欲しいものは素早く
 手に入れるんだ、例えばこんな風に』

勇斗はさっと唇を重ねた。
長く堪能するように味わい、
さくらが甘い吐息をつくまで続ける。

俺にはさくらより甘いものなんかないし
その甘さだけで十分だ。
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