桜が求めた愛の行方
『すまない……』
『雪成さんが、私に全てを知られたくなけ
れば軽井沢から手を引け、と脅しているの
でしたら、ご心配は無用です。
その事をお伝えする為にここへ来ました』
『それは……』
『山嵜さん』
凛としたさくらの声に、弾かれたように
山嵜は彼女を見た。
『私は藤木要人の娘です』
『もちろん!わかっているとも』
『………ですが……』
躊躇いを何度も押し殺して、さくらは
最後の覚悟を紡ぎ出した。
『もしあなたが娘の生涯一度の頼みを
聞いてくれると言うならば……』
『聞くとも!!一度と言わず何度だって』
山嵜は瞳を閉じたままそう言った。
彼女の口から出た娘と言う言葉に
喜びで胸がはち切れそうだった。
『彼の…勇斗の力になってください』
『わかった、軽井沢には出店する。
明日、勇斗君と話をしよう』
瞳を開けて力強くうなずいた。
『母も夫も私が知っていることは知りません
ですから、今日私が来たことは……』
もし、知られてしまったら……
不安が押し寄せてきた。
『大丈夫、彼にもすみれにも話すつもりは
ないから安心しなさい』
『ありがとうございます』
『さくら…さん』
躊躇いがちな呼び掛けにまた不安になる。
なんだろう?
一度だけでも、父と呼んで欲しいなど、
とうてい無理なのはわかって欲しい。
『……はい?』
『いま幸せですか?』
さくらはほっと息を吐いた。
その質問には、嘘偽りなく答えられる。
『はい、勇斗と結婚してとても幸せです』
『そうか』
幸せそうに笑うさくらに、
山嵜は安堵の笑みを浮かべた。
『あの……』
これを言ったら、この人は傷付くだろう。
さくらは一瞬躊躇った。
でもこの際だから、ぶつけてみよう。
『ん?』
『もうひとつだけ……
お願いしてもいいですか?』
『何でも』
『軽井沢のお店の名前は、こことは違う
ものにしていただけませんか?』
『えっ!?』
『アンジェドスリズィエはここだけに
して欲しいんです』
さくらはあえてそれ以上言葉にしなかった。
パパとの…家族の思い出が詰まった
あのホテルに、この人の想いの詰まった
お店を一緒にするのは辛い……
『それは……………』
長い沈黙だった。
さくらは、無理だと言われる覚悟をした。
『わかりました』
伝わったはずだと信じたい……
拒否や嫌悪ではない想いが……