桜が求めた愛の行方
『サインなんて、あなたなら
幾らでも偽造できるでしょうに?』
『そうだ。だから、これも必要なんだよ』
雪成は得意気に笑ったあと、
さくらの鞄からポーチを取り出し
その中から小さな細長いケースを取った。
『それは!』
『藤木家の複雑な家紋と組み合わせた
おまえの名の印鑑だ。
代々これをもてるのは本家の人間だけ
俺がそれを知らぬと思ったか?』
『いいえ……』
『そもそも、おまえに藤木を継ぐ権利は
なかったのだから、文句はあるまい。
問題がややこしくなる前に素直に従った
方が、痛手を負う者が少ないぞ?』
含みのある言い方は、実父を指しているの
だと気づいた。
それ以上はないと言って!!
さくらは賭けに出た。
『これ以上、山嵜さんに何をするの!』
『ほう、やはり自分の出自を知っていたか
そもそも、おまえが愚かな結婚をしなけ
れば、ここまでする必要はなかったと
いうに……』
ああ神様……感謝します。
この人は勇斗の秘密に気づいていない。
彼が私と離婚さえすれば、藤木は自分の
ものになると思っている。
これから何をしようとしているのか
だいたい想像がつく。
この人が出ていったら、あの女性を
上手く騙して、なんとかニールに
連絡しなくては。
それにしても……
なんてぴったりな表現かしら……
さくらは心の底から沸き上がるむなしさに
可笑しくて堪らなくなった。
『愚かな結婚……
ふふっ……ははっ…あはは……』
『気でも狂ったのか?!』
たじろぐ雪成にさくらはきっぱりと
言いはなった。
『いいえ、狂っているのはあなただけど
そうね、愚かな結婚をしたのは私だわ』
『なんだと!』
『ペンを貸してくださらない?
そこにサインしたら解放してくださる
のかしら?』
『何を企んでいる!!』
『そんなものはないわ』
『ではなぜ素直に離婚に応じる?』
『素直じゃないわ、条件があるのよ』
『なにっ』
『ビザを許可して。
私はパリに戻りたいのよ。
日本に……彼にも未練はないわ』
さくらはあえて悪女を演じる事にした。
『なるほど』
雪成はさくらの化けの皮が剥がれたと
思っていた。
本来、この生意気なお嬢様は、
奔放で我がままなはずだ。
一人の男に満足していけるはずが
なかったんだ。