桜が求めた愛の行方

『さて、お集まりの皆さま方』

全員がにこやかな会長の顔を固唾を飲んで
じっと見つめた。

『せっかくこうして舞台は整っている。
 先伸ばしにする必要はないと
 思うのだが、いかがかな?』

その場の誰もが会長の言わんとしている
事を理解した。
一人が手を叩くと、つられるようにして
皆が拍手をした。

『勇斗』

会長に呼ばれて、指輪を見つめていた
勇斗は顔を上げた。

役員全員が自分に向かって手を叩いている。

『ここへ』

田所に促され、会長の隣に立った。

『ご存じの通り、専務はベイサイドを
 見事に復活させた。そして、明日
 披露される軽井沢は、また藤木の栄華を
 取り戻してくれるであろう』

本来なら誇らしく思うこの場面で、
称賛の割れんばかりの拍手を、
勇斗は他人事のように受け止めていた。

会長が声高らかに、自分を後継者に任命し
年が明けたら、自分が社長となると
言うような事を言っている。

悦びも誇らしさも何も感じなかった。

ただ、感じているのは
握りしめた右手の中にある指輪が
氷のように冷たく、それが身体の全てを
凍らせていくようだ。


さくら……


気づいたら、勇斗は何か恐ろしいものに
追われるかのように会議室を飛び出して
いた。


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