桜が求めた愛の行方
1 . 帰国
『いつもの席空いてる?』
『はい、坊っちゃま。どうぞ。』
『まだそう呼ぶ?』
立木がこのホテルに雇われてから、
もう30年がたとうとしている。
時がたつのは早いもので、
ヨチヨチ歩きしていた佐伯の坊っちゃんが
こんな立派な大人になってしまった。
変わらないと言われるが、毎朝鏡で見る髪には白いものが
目立つようになってきた。
そろそろ引退を考えるべきだろうか。
『立木さん?何か問題あり?』
『いいえ、失礼致しました、佐伯様』
『たから、勇斗でいいって』
『はい、勇斗様。どうぞこちらへ』
『うん』
立木は優しい笑みを浮かべ案内する。
テラスの一角、柱をかいして
個室のようになった席は、亡くなった社長の
藤木要人≪ふじきかなめ≫が改装してから、
佐伯家の坊っちゃん、
佐伯勇斗《さえきゆうと》の
お気に入りの場所になっている。
『コーヒー』
『かしこまりました』
立木はおや?と首をかしげた。
いつもならばお庭を眺めるか本を読まれる
坊っちゃんが、今日は珍しく仕事の書類を
出している。
『お忙しそうですね』
『ん?ああ、今日は予定外の面会でさ』
『お待ち合わせでしたか』
これまた珍しい。
坊っちゃんがここで誰かと会うなど、
今まであっただろうか?
『あいつがくるから』
『あいつ…で、ございますか?』
『そう、あいつ』
考えを巡らせていた立木は、
坊っちゃんがあいつと呼ぶ人物に思い当たり
顔に満面の笑みが溢れる。
『お嬢様が?!さくら様がお戻りに?!』
『そうらしい』
佐伯の坊っちゃんと亡くなった藤木社長の
一人娘さくら様のご婚約パーティを
ここでしてから、かれこれ5年……
ようやく!!
いいや、遅すぎる位だ。
『もうすぐ来るからここに案内して』
『はい、かしこまりました』
幕引きにはちょうど良いかもしれない、
と立木は考えていた。