桜が求めた愛の行方
『ただいま』

あれ?
いつもなら、《おかえりなさい》と
パタパタとスリッパを鳴らして
彼女が駆けてくるのに今日は静かだ。

どんなに遅くなっても、
寝ていていいと言う俺の言葉を無視して、
さくらは帰りを待っていてくれる。

『電気のスイッチはどこだ?』

これまで帰ってきて部屋が暗かった事は
一度もなかったから、そんな事すら
わからない。
間接照明を頼りに、リビングへ向かう。

『さくら?』

せっかく早く帰ってきたのにいないのか。

勇斗は携帯を確認した。
さくらからのメッセージはない。
そのまま電話を掛ける。
5回目のコールで留守番電話に
変わってしまった。

『どこへ行った?』

言い知れぬ不安が過った。

さくらの行方がわからないだけで
こんなに狼狽えてしまうとは……

この家に越してきてから1カ月、
目まぐるしい仕事漬けの毎日に
すっかり彼女を放ったらかしにしていた
事を急に反省する。

どこかへ連れて行くこともなければ、一緒に
食事だってまともにしていないじゃないか!

『出て行った、とか?まさかな……』

不安になって、わざと口にだして言った。

そんな筈はないだろう。

今朝だって、
ベッドであんなに求めあったじゃないか。

さくらのいない人生など考えるだけで
恐ろしい。
たった3、4カ月でこんなに溺れるなんて
自分でも驚きだが。

気になることはただひとつ。

彼女は何かを隠している。

あの昔から変わらない愛らしい大きな瞳は
隠し事が出来ない。

ここに越してきた初日、
覗いた瞳には不安と哀しみがみえた。

無理に聞き出すこともできただろうが、
そんな事をして嫌われたくなかった。

いつか彼女から話してくれるはずさ。
俺たちには、時間はたっぷりあるんだ。

その時まで待てばいい。
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