舌先に擦過傷
「うまい」
2人きりの研究室で隣に座る男友達が手作りのガトーショコラを食し終わり、自分の親指についたパウダーシュガーを舐めた。それは湿り気を帯びた舌によって一瞬で溶かされ、甘党の彼を喜ばせただろう。
ああ、いいな。砂糖になりたい。彼の指でもいい。
「ご馳走様でした」
「……うん」
友達は、彼の笑った顔が好きだと言う。白く並びのよい歯が1本だけ八重歯なのも、可愛いと。
けれど私はその奥に潜む赤が見たい。もっと言うなれば、あの感触が欲しい。
2ヵ月前の感覚が蘇り、指先がぴくりと動いた。見られたわけでもないのに、隠したくて鎖骨まで伸びた髪へ指を通す。
「……ッ!」
ブチ、と皮膚が裂ける音と耳朶に感じた激痛。髪に指を通した際、ダイヤ型のリングピアスも巻き込んでしまった。
「どうしたの」
「ピアス引っ張っちゃった……」
「どれ」
彼は私よりも先に髪の毛を耳に掛け「血が出てる」と教えてくれたかと思えば、べろりと耳朶を舐めてきた。
大袈裟に体を跳ねさせると、彼が微かに笑ったような気がする。