七夕の出逢い
新しい家族 02話 Side 涼
今日の休みは急遽ペットショップを巡ることになった。
先週、真白さんに動物を飼いたいと言われたときは少し驚いた。
だが、子どもが手を離れて「寂しい」というのはわからなくもなく、司がここにいるうちに新たなる家族を迎えるのも悪くはないと思えた。
ただ、大型犬は存在感はあるが運動量もそれなり。
真白さんに面倒が見られるかと訊かれれば不安は大きい。
もしも大型犬を飼いたいと言い出したらどう宥めようかと思っていたところ、真白さんは何を飼うのかは司の希望を訊きたいと言った。
そもそも、「寂しい」以外の理由がこの息子にある。
小さいころから無口で表情が乏しい司は成長するたび、より無口に、より無表情になっていった。
真白さんは久しぶりに三人の成長を振り返るようにクローゼットを開いたという。
その中で場所を占めているのがスケッチブック。
うちの子どもたちは描くものこそ違うものの、三人とも絵を描くことが好きだった。
中でも司はとくに……。
司は口数こそ少ないものの、絵を描く枚数は少なくなかった。
幼稚部のときはクレヨンでのお絵描き。初等部へ上がると色鉛筆やクーピーで描くようになり、少し描写が細かくなった。
初等部二年になるころには模写を覚え、庭先に来る鳥の模写をするようになった。
ほかには初等部で飼育されている動物の絵が大半。
時々真白さんにお願いされて花の絵も描いていた。
真白さんは司が描いた絵をもとに刺繍をしていたのだ。
つまり、刺繍の図案になるほど司の絵は上手だったといえる。
小さかった司が中等部へ上がると、絵を描く姿はめっきり見なくなった。
今は弓道に打ち込んでいるようだが、精神修行にはなっても感情をアウトプットする役割は果たさない。
そういう意味では動物を飼うのはいいきっかけになるようにも思えた。
食器を洗い終え、リビングのソファて司の購入した本を手に取る。
それは猫と犬の飼育方法や犬種の選び方が書かれている。
猫の本には申し訳なさ程度に付箋が貼られており、犬の本にはびっしりと付箋が貼られていた。
それらを見て口元が緩む。
司なりに真白さんのことを考えていたのがうかがえる。
猫には散歩はいらないが、犬には必要。
つまり、真白さんを家から出すきっかけになるとでも思ったのだろう。
確かに、日々家の中で過ごす真白さんは少し陽に当たったほうがいいし、藤山内でかまわないから散歩程度に外へ出るべきだ。
さらには、それをすべて押し付けるつもりではない、という書き込み。
小型犬においても決めやすいようにいくつかの犬種がピックアップされていた。
犬種別の性格やなりやすい病気なども簡潔に書き記されている。
そこで選択肢として挙げられたのは、チワワ、ミニチュアダックス、トイプードル、シーズー、パピヨン、ヨークシャー・テリア。
さて、真白さんはどの犬種を選ぶのか――
真白さんの支度が整うと、警護の人間に連絡を入れてから藤山を出た。
物々しい警備がつくのはいつものこと。
この人間たちが動くことを考えて藤山から出られなくなる彼女にとっては、実に久しぶりの「外」だろう。
真白さんは車窓から見える外の風景を楽しんでいるように見えた。
「嬉しそうですね」
「はい、とても楽しみです」
「犬種はお決まりですか?」
真白さんは付箋がたくさんついている本を広げ、
「どの子もかわいくて……。涼さんは?」
「小型犬ならどの犬種でも」
「……大型犬はお好きではないのですか?」
「いえ、そんなことはありませんが……」
不思議そうな顔をした真白さんは、その顔のまま話を続けた。
「私、司が選ぶのなら絶対に大型犬だと思っていました。でも、小型犬……。本当に優しい子」
そう言って、真白さんは穏やかに微笑を浮かべた
あらかじめピックアップしていたペットショップを数軒回るつもりでいたものの、一軒目で真白さんのおめがねにかなう犬と出逢うことになる。
店内は小さく区切られたショーケースと、子犬たちがじゃれて遊ぶスペースに分かれていた。
真白さんは店内に入るなり幼犬に釘付けになる。
「涼さんっ、小さくてコロコロしていてかわいいですねっ?」
それはそれは嬉しそうに、腕に手を絡められた。
好奇心に目を輝かせる彼女は初めて見た気がする。
「えぇ、かわいいですね」
自分から見るに、かわいいを通り越してやんちゃすぎやしないだろうか、などと思っていると、
「涼さん……あの子真っ白です」
真白さんは掴んでいた腕をするりと解き、ショーケースに歩み寄った。
真白さんが見入ったショーケースには真っ白なチワワが眠っていた。
スースー、と身体をわずかに上下させながら眠る様が愛らしい。
「ぬいぐるみのような」という形容がぴったりな犬である。
「かわいい……」
真白さんがショーケースにそっと手を伸ばすと、閉じていた目がぱちりと開く。
それは黒目がちで潤んだ瞳。
「あ……起こしちゃったかしら? ごめんなさいね」
ショーウィンドウ越しに話かける真白さんを少し離れた場所から見ていた。
すると店員がやってきて、
「抱っこすることもできますよ」
「本当ですかっ!?」
「はい。連れてきましょうか?」
真白さんはキョロキョロと辺りを見回し俺の姿を見つけると、
「涼さんっ――」
少し慌てた様子で声をかけられた。
俺は彼女の背後に立ち店員に返答する。
「少し見せていただいても?」
「かしこまりました」
その後、店員がすぐに真っ白なチワワを連れてきたわけだが、間違いなくこの幼犬を連れて帰ることになるだろう、と予想する。
なぜなら、真白さんが運命の出逢いでもしたような顔でその幼犬を見つめていたから。
ふと、その幼犬がいたショーケースに目をやると――生後二ヶ月の女の子。誕生日は去年の十二月一日。
彼女はこのことに気づいているだろうか。
――いや、気づいていない気がする。
「涼さん、小さいですっ。あたたかいですっ」
目を輝かせた真白さんに、「触ってみませんか?」と勧められた。
引き受けた子犬を抱き、「確かに小さい」と納得する。
「この子は成犬になったらどのくらいになるのでしょう?」
店員にたずねると、店員は子犬の前足に視線を移す。
「この子はチワワの中では少し大きいかもしれませんね。骨格がしっかりしているので四キロ前後まで大きくなるかもしれません」
「だそうですよ。真白さん、いかがなさいますか?」
どうしたことか、彼女は言葉を噤んだ。
「私はこの子を連れて帰りたいのですが……」
「……司、ですか?」
「はい。私ひとりで決めていいものかと……」
「では、司にも選ぶ権利を与えましょう」
俺は携帯でいくつか写真を撮ると司に送りつけた。
しばらくすると司から連絡が入る。
『なんで写真?』
「情報を共有するには有効だろう?」
『なるほど……。別に父さんと母さんで決めてくれてかまわないんだけど』
「真白さんが司の意見を訊きたいと言っている」
『なら、母さんと同じ誕生日の犬にすれば? 確か白いチワワだったと思う』
通話はそれで切られた。
「なんとも素っ気ない息子ですね」
「司はなんて……?」
「司もその白いチワワがいいそうです」
「本当ですかっ!?」
「えぇ、司が言ってましたよ。その子の誕生日が真白さんと同じだと」
「えっ……?」
彼女は目を見開いてショーケースを振り返った。
予想どおり、真白さんが一番に手を伸ばしたチワワを連れて帰ることになり、その場で動物保険なるものにも加入した。
ほか、サークルに始まり、食器にカラー、リード、フードにトイレシーツ。
ありとあらゆる備品を買って大荷物での帰宅。
家についてからはサークルの設置場所を決め、その場で組み立てる。
周りがある程度片付いたところで子犬を部屋に放した。
最初は戸惑っていたものの、数分もすると鼻をひくつかせてあちこちを嗅いで回り始める。
リビングからダイニング、キッチンへ行って戻ってくると、躊躇しながら廊下に出て寝室へ向かう。
寝室伝いにある書斎へ行くと、次は書庫。
子犬の好奇心は絶えないらしい。
然して大きな家ではないものの、子犬には広すぎたようだ。
ぴょんぴょんと跳ねるようにして歩いていた動作が鈍くなる。
「疲れちゃったのかしら?」
「そうかもしれませんね。先ほどお店の人にも言われましたし、まずはサークルに入れて休ませましょう」
先週、真白さんに動物を飼いたいと言われたときは少し驚いた。
だが、子どもが手を離れて「寂しい」というのはわからなくもなく、司がここにいるうちに新たなる家族を迎えるのも悪くはないと思えた。
ただ、大型犬は存在感はあるが運動量もそれなり。
真白さんに面倒が見られるかと訊かれれば不安は大きい。
もしも大型犬を飼いたいと言い出したらどう宥めようかと思っていたところ、真白さんは何を飼うのかは司の希望を訊きたいと言った。
そもそも、「寂しい」以外の理由がこの息子にある。
小さいころから無口で表情が乏しい司は成長するたび、より無口に、より無表情になっていった。
真白さんは久しぶりに三人の成長を振り返るようにクローゼットを開いたという。
その中で場所を占めているのがスケッチブック。
うちの子どもたちは描くものこそ違うものの、三人とも絵を描くことが好きだった。
中でも司はとくに……。
司は口数こそ少ないものの、絵を描く枚数は少なくなかった。
幼稚部のときはクレヨンでのお絵描き。初等部へ上がると色鉛筆やクーピーで描くようになり、少し描写が細かくなった。
初等部二年になるころには模写を覚え、庭先に来る鳥の模写をするようになった。
ほかには初等部で飼育されている動物の絵が大半。
時々真白さんにお願いされて花の絵も描いていた。
真白さんは司が描いた絵をもとに刺繍をしていたのだ。
つまり、刺繍の図案になるほど司の絵は上手だったといえる。
小さかった司が中等部へ上がると、絵を描く姿はめっきり見なくなった。
今は弓道に打ち込んでいるようだが、精神修行にはなっても感情をアウトプットする役割は果たさない。
そういう意味では動物を飼うのはいいきっかけになるようにも思えた。
食器を洗い終え、リビングのソファて司の購入した本を手に取る。
それは猫と犬の飼育方法や犬種の選び方が書かれている。
猫の本には申し訳なさ程度に付箋が貼られており、犬の本にはびっしりと付箋が貼られていた。
それらを見て口元が緩む。
司なりに真白さんのことを考えていたのがうかがえる。
猫には散歩はいらないが、犬には必要。
つまり、真白さんを家から出すきっかけになるとでも思ったのだろう。
確かに、日々家の中で過ごす真白さんは少し陽に当たったほうがいいし、藤山内でかまわないから散歩程度に外へ出るべきだ。
さらには、それをすべて押し付けるつもりではない、という書き込み。
小型犬においても決めやすいようにいくつかの犬種がピックアップされていた。
犬種別の性格やなりやすい病気なども簡潔に書き記されている。
そこで選択肢として挙げられたのは、チワワ、ミニチュアダックス、トイプードル、シーズー、パピヨン、ヨークシャー・テリア。
さて、真白さんはどの犬種を選ぶのか――
真白さんの支度が整うと、警護の人間に連絡を入れてから藤山を出た。
物々しい警備がつくのはいつものこと。
この人間たちが動くことを考えて藤山から出られなくなる彼女にとっては、実に久しぶりの「外」だろう。
真白さんは車窓から見える外の風景を楽しんでいるように見えた。
「嬉しそうですね」
「はい、とても楽しみです」
「犬種はお決まりですか?」
真白さんは付箋がたくさんついている本を広げ、
「どの子もかわいくて……。涼さんは?」
「小型犬ならどの犬種でも」
「……大型犬はお好きではないのですか?」
「いえ、そんなことはありませんが……」
不思議そうな顔をした真白さんは、その顔のまま話を続けた。
「私、司が選ぶのなら絶対に大型犬だと思っていました。でも、小型犬……。本当に優しい子」
そう言って、真白さんは穏やかに微笑を浮かべた
あらかじめピックアップしていたペットショップを数軒回るつもりでいたものの、一軒目で真白さんのおめがねにかなう犬と出逢うことになる。
店内は小さく区切られたショーケースと、子犬たちがじゃれて遊ぶスペースに分かれていた。
真白さんは店内に入るなり幼犬に釘付けになる。
「涼さんっ、小さくてコロコロしていてかわいいですねっ?」
それはそれは嬉しそうに、腕に手を絡められた。
好奇心に目を輝かせる彼女は初めて見た気がする。
「えぇ、かわいいですね」
自分から見るに、かわいいを通り越してやんちゃすぎやしないだろうか、などと思っていると、
「涼さん……あの子真っ白です」
真白さんは掴んでいた腕をするりと解き、ショーケースに歩み寄った。
真白さんが見入ったショーケースには真っ白なチワワが眠っていた。
スースー、と身体をわずかに上下させながら眠る様が愛らしい。
「ぬいぐるみのような」という形容がぴったりな犬である。
「かわいい……」
真白さんがショーケースにそっと手を伸ばすと、閉じていた目がぱちりと開く。
それは黒目がちで潤んだ瞳。
「あ……起こしちゃったかしら? ごめんなさいね」
ショーウィンドウ越しに話かける真白さんを少し離れた場所から見ていた。
すると店員がやってきて、
「抱っこすることもできますよ」
「本当ですかっ!?」
「はい。連れてきましょうか?」
真白さんはキョロキョロと辺りを見回し俺の姿を見つけると、
「涼さんっ――」
少し慌てた様子で声をかけられた。
俺は彼女の背後に立ち店員に返答する。
「少し見せていただいても?」
「かしこまりました」
その後、店員がすぐに真っ白なチワワを連れてきたわけだが、間違いなくこの幼犬を連れて帰ることになるだろう、と予想する。
なぜなら、真白さんが運命の出逢いでもしたような顔でその幼犬を見つめていたから。
ふと、その幼犬がいたショーケースに目をやると――生後二ヶ月の女の子。誕生日は去年の十二月一日。
彼女はこのことに気づいているだろうか。
――いや、気づいていない気がする。
「涼さん、小さいですっ。あたたかいですっ」
目を輝かせた真白さんに、「触ってみませんか?」と勧められた。
引き受けた子犬を抱き、「確かに小さい」と納得する。
「この子は成犬になったらどのくらいになるのでしょう?」
店員にたずねると、店員は子犬の前足に視線を移す。
「この子はチワワの中では少し大きいかもしれませんね。骨格がしっかりしているので四キロ前後まで大きくなるかもしれません」
「だそうですよ。真白さん、いかがなさいますか?」
どうしたことか、彼女は言葉を噤んだ。
「私はこの子を連れて帰りたいのですが……」
「……司、ですか?」
「はい。私ひとりで決めていいものかと……」
「では、司にも選ぶ権利を与えましょう」
俺は携帯でいくつか写真を撮ると司に送りつけた。
しばらくすると司から連絡が入る。
『なんで写真?』
「情報を共有するには有効だろう?」
『なるほど……。別に父さんと母さんで決めてくれてかまわないんだけど』
「真白さんが司の意見を訊きたいと言っている」
『なら、母さんと同じ誕生日の犬にすれば? 確か白いチワワだったと思う』
通話はそれで切られた。
「なんとも素っ気ない息子ですね」
「司はなんて……?」
「司もその白いチワワがいいそうです」
「本当ですかっ!?」
「えぇ、司が言ってましたよ。その子の誕生日が真白さんと同じだと」
「えっ……?」
彼女は目を見開いてショーケースを振り返った。
予想どおり、真白さんが一番に手を伸ばしたチワワを連れて帰ることになり、その場で動物保険なるものにも加入した。
ほか、サークルに始まり、食器にカラー、リード、フードにトイレシーツ。
ありとあらゆる備品を買って大荷物での帰宅。
家についてからはサークルの設置場所を決め、その場で組み立てる。
周りがある程度片付いたところで子犬を部屋に放した。
最初は戸惑っていたものの、数分もすると鼻をひくつかせてあちこちを嗅いで回り始める。
リビングからダイニング、キッチンへ行って戻ってくると、躊躇しながら廊下に出て寝室へ向かう。
寝室伝いにある書斎へ行くと、次は書庫。
子犬の好奇心は絶えないらしい。
然して大きな家ではないものの、子犬には広すぎたようだ。
ぴょんぴょんと跳ねるようにして歩いていた動作が鈍くなる。
「疲れちゃったのかしら?」
「そうかもしれませんね。先ほどお店の人にも言われましたし、まずはサークルに入れて休ませましょう」