ショコラ SideStory
「なんでもないわ。もう帰ろうかしら」
「康子さん。それは無いだろ」
「だって」
こんなふてくされた顔見せてるのも嫌だもの。
「せっかく来たのに帰るなよ」
「……」
そう言われると、ほだされちゃうんだけど。
「……だって」
そっぽを向いたまま、私はポツリと言った。
「その記事、私が書いたのよ。見せたくて持ってきたのに。……隆二くん、写真の話しかしてない」
ああもうイヤ。
言葉に出すとなんでか涙が滲んできちゃう。
しかも、改めていうとホントに大人気ないことでいじけてる。
「ああ。そういうこと」
彼は片手で私の手を掴んだまま、雑誌に目を通しはじめた。
強く振りきれば、多分この手は振りほどける。
だけど私はそれはせずに、ショコラの店内を眺めていた。
もうカーテンをかけられている販売用のガラスケース。
詩子が飾っているのだろう、窓際の一輪挿し。
可愛く細工されたメニューボード。
こうして見ると割と詩子の趣味が前面に出ているのね。
ケーキに関しては隆二くんは絶対に譲らないけど。
ちゃんと詩子に任せてる部分もあるんだわ。
そう思ったら、隆二くんは案外大人よね、なんて思えてきた。