ショコラ SideStory
舌打ちをするマスターとともに壁際による。
時折、心配そうに視線を向けるマサくんには聞こえないように小さな声で、それでもマスターからは目を離さずに言った。
「俺、仕事頑張ります。来年までに絶対軌道に乗せれるように」
「うん?」
「だからその時は詩子さんをください」
「はぁ?」
これまでで一番嫌そうな顔のマスターのつばが、俺の顔にかかる。
でもたじろぐものか。
この先一生戦っていかなきゃならない相手に、弱腰になるわけにはいかない。
「……そういうのは、実際に軌道に乗せてから言え」
「その時もまた言います。では俺、戻りますので」
礼をして、次はマサくんを見る。
彼もぎょっとしたように俺を見返した。
「マサくん」
「な、……なんですか?」
「昨日詩子さんと出かけてたのって」
「なんだ、もうバレたんですか? あいつ、松川さんには内緒にして驚かしたいって言ってたくせに」
あっけらかんと言い放ち、俺の真剣な顔に気付いてか、付け足すように言った。
「詩子、俺と松川さんの体つきが近そうだからついてこいって。まあ俺も買い物あったのでついでだったんですけど」
「そっか」
ホッとして笑うと、マサくんも安心したように笑った。
「案外、怖いんですね、松川さん」
怖いって、今まで言われたことの無い形容詞だ。
詩子さんといるようになって、初めて引き出された自分。
いいのか悪いのかわからないけど、そんなに悪い変化でもないような気がする。