ショコラ SideStory

 最近、俺の周りの人間はとても幸せそうだ。


「はい、康子さん。コーヒー」


「ありがと。んー、美味しいわ」


 長らく不幸を一人で背負ってくれていたマスターはすっかり奥さんとヨリを戻し、今じゃ閉店間際にカウンターでいちゃついている。目の毒だからやめて欲しい。

 続けてカランカランと入り口の鈴がなったかと思うと、上の階で塾を営む男が飛びこんできて、相変わらずの締りのない顔を更に緩める。


「ごめん、詩子さん。お待たせ」


「遅いわよ、宗司さん」


膨れてみせた詩子は、さっさとエプロンを畳み、マスターへと投げつけた。


「じゃあ父さん母さん、今日は遅くなるから」

「こら、詩子。自分で片付けろ!」

「いいじゃん、今までサービス残業してたんだから! じゃあねー、行こう、宗司さん」


 昔はあんなに男っ気が無かった詩子も、今じゃあ彼氏との毎週のデートは欠かさない。そんな日は髪飾りだったり服だったりがいつもより気合入っているのですぐ分かる。


「マサももう上がっていいぞ」

「はあ。そうですね」


幸せ空気に当てられすぎたのか、俺は溜息一つ吐き出す。


「あ、マサ。残ったケーキ持って帰ってもいいぞ」

「あーじゃあ、二個もらっていきます」


冷蔵ケースの中から二個のケーキを箱に入れる。後二つ残っているが、それはこの甘党夫婦が食べるのだろう。
そんな光景を想像してやめた。
マスターを尊敬しているだけに、女性関係で緩んでいる姿はあまり見たくはない。

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