ショコラ SideStory
*
そしてそれが叶ったのだと知るのは、ほんの数日後のことだ。
ごきげんな様子の香坂さんが、開店前のショコラにあたしに会いにやってきた。
「やられたな。そんな意味もあったとは」
「森宮さんに聞きました?」
「ああ。まあなんつーか。ありがとな」
親父のような年齢の人に恥じらわれてもなんだかなーって感じではあるけど、まあ、幸せそうで何よりです。
でも、香坂さんの話はそれだけではなかった。
「感謝ついでに、俺から一つ提案があるんだけど」
「なんですか?」
「相本も含めて話そう。厨房に邪魔してもいいか?」
「はあ。マサ、掃除まかせていい?」
「ああ、いいよ」
開店前の掃除をマサに託し、手際よく数種類のケーキを焼いている親父の元へ行く。
「なんだ? あれ、香坂さん来てたんですか」
「ああ。ちょっと話がある」
「なんですか、忙しいんですけど」
不満そうな素振りを隠そうともせず、親父はケーキを作りながら続きを促した。
「お前、詩子ちゃんを手放す気ないか?」
「は?」
親父の手が止まる。
あたしも、何のことか分からずに目をしばたいた。
手放すって何?
ここは父さんの店だし、あたしはその娘で、昼間は唯一のウェイトレスで、あたしがいなきゃ、店も回らないはずでしょう。
「……俺の知り合いに、アイシングクッキーの専門店を開いている人がいるんだ。受注が増えたから手伝いが欲しいって言ってたんだよね。そこに勉強しに行く気はない? 相本の下にいるより、細かい技術とか教えてもらえると思う」
「え?」
「親の元だと甘えが出るでしょ。詩子ちゃんがこれで身を立てるつもりなら悪い話じゃない」
「そ、そうですね……けど」
あたしも驚いているけど、親父はもっと驚いている。
口をパクパクとさせて、まるで金魚だ。
「ただ、店は長野にあるから、一人暮らしになっちゃうけどね」
それは、まさに晴天の霹靂。
あたしが今まで築いていきた人生設計が、パタリとひっくり返る発言だった。
【Fin.】
そしてそれが叶ったのだと知るのは、ほんの数日後のことだ。
ごきげんな様子の香坂さんが、開店前のショコラにあたしに会いにやってきた。
「やられたな。そんな意味もあったとは」
「森宮さんに聞きました?」
「ああ。まあなんつーか。ありがとな」
親父のような年齢の人に恥じらわれてもなんだかなーって感じではあるけど、まあ、幸せそうで何よりです。
でも、香坂さんの話はそれだけではなかった。
「感謝ついでに、俺から一つ提案があるんだけど」
「なんですか?」
「相本も含めて話そう。厨房に邪魔してもいいか?」
「はあ。マサ、掃除まかせていい?」
「ああ、いいよ」
開店前の掃除をマサに託し、手際よく数種類のケーキを焼いている親父の元へ行く。
「なんだ? あれ、香坂さん来てたんですか」
「ああ。ちょっと話がある」
「なんですか、忙しいんですけど」
不満そうな素振りを隠そうともせず、親父はケーキを作りながら続きを促した。
「お前、詩子ちゃんを手放す気ないか?」
「は?」
親父の手が止まる。
あたしも、何のことか分からずに目をしばたいた。
手放すって何?
ここは父さんの店だし、あたしはその娘で、昼間は唯一のウェイトレスで、あたしがいなきゃ、店も回らないはずでしょう。
「……俺の知り合いに、アイシングクッキーの専門店を開いている人がいるんだ。受注が増えたから手伝いが欲しいって言ってたんだよね。そこに勉強しに行く気はない? 相本の下にいるより、細かい技術とか教えてもらえると思う」
「え?」
「親の元だと甘えが出るでしょ。詩子ちゃんがこれで身を立てるつもりなら悪い話じゃない」
「そ、そうですね……けど」
あたしも驚いているけど、親父はもっと驚いている。
口をパクパクとさせて、まるで金魚だ。
「ただ、店は長野にあるから、一人暮らしになっちゃうけどね」
それは、まさに晴天の霹靂。
あたしが今まで築いていきた人生設計が、パタリとひっくり返る発言だった。
【Fin.】