ショコラ SideStory
現在厨房にいるのは、香坂さん、親父、そしてあたし。
マサは店内を掃除中で、あたしたちの緊迫した空気は全く感じ取っていない。
先日、結婚式のプチギフトにとアイシングクッキーを頼まれ、その図案を決めるまでに軽くもめた。
でも最終的には、香坂さんにもお相手の森宮さんにも喜んでもらえるものができた、とあたしは思ってる。
もっと言えば、それで香坂さんも“親父の娘”であるあたしじゃなくて、“クッキー職人”としてのあたしを認めてくれたかな、とまで。
そうしたら、香坂さんからもたらされたのは、『アイシングクッキーの専門店に勉強しに長野に行く気はない?』という爆弾発言。
あたしだけじゃなくて、親父もあっけにとられて動きを止めてしまっている。
「だ、だめだー!」
先に正気を取り戻したのは親父だ。その大声に、マサが何事かと厨房を覗き込む。
「落ち着けよ、相本。別に一生って話じゃないんだ。そうだな、まあ、一年から二年くらい?」
「それにしたって、こいつは看板娘ですよ。詩子がいなきゃ……」
「店の客は減るだろうな。でもお前は出してるものに自信があるんだろう? であれば、客はいずれ戻るはずだ。ウェイトレスはバイトでも雇えばいい。違うか?」
「それは」
ひるんだ親父に、香坂さんはさらに畳みかける。