ショコラ SideStory
「……詩子はどうしたいんだ」
水を向けられて、息を飲む。
香坂さんの誘いは、仕事をするうえではとても魅力的だ。場所がここから通えるところならば、二つ返事で引き受けたいと思うくらい。
だけど、今あたしは自分からのプロポーズで宗司さんとの結婚話を進めているわけで、彼と一緒にいたくて頑張っているのに、自分から離れる選択なんてできるわけない。
厨房の作業台の上には、親父によって作られたケーキがある。クリームで作られたフリルのようなひだ、あたしには作り出せない、繊細な世界。
喉元までせりあがる気持ちは、負けたくないという気持ち。
あたしも、あたしだけの何かが欲しい。
あたしは落ち着こうと大きく息を吐きだした。
「しばらく、……考えさせてもらってもいいですか」
宗司さんに相談なしには決められない。
あたしのこの先の人生は、彼と歩むともう決めたんだ。あたしだけが暴走したらダメなことくらいは分かってる。
「いいよ。でも一ヶ月以内に返事できる? あっちも人手不足は本当なんだ。実は俺たちのプチギフトも最初はそっちに打診したんだよ。でも予約が詰まっていて対応できないって言われて詩子ちゃんに頼んだんだ」
「そうなんですか」
「もちろん、予想以上にいいものを提案してもらって、俺は詩子ちゃんに頼んでよかったなって思ってる」
「ありがとうございます」
「まあ、二週間以内で返事をもらえると助かるかな」
にっこり笑って、厨房を出る香坂さん。
絶句しているマサが、静かに彼を見送ってすぐあたしと親父を見つめた。
「どういうこと?」
それはあたしも聞きたいわ。
人生の分岐点は、当人が望むと望まざるとにかかわらず、必要な時にやってくるものなのね。