ショコラ SideStory

 
 とはいえ、一番悩ましいのは宗司さんとのことだ。
彼にプロポーズしたのは十一月のこと。あたしはあの時、傷ついた彼を癒したくて、ずっと傍で支えていたくて、無計画に『結婚しようよ』と言った。
宗司さんはそれに応えてくれて、周りの説得にも乗り出してくれた。
なのに、もしこの話を受けたら、それが全部水の泡になるってことで、なんだかとても申し訳ない気持ちがする。


 落ち着かない気持ちを抑えて、日中の接客業務に励み、いつもなら夕方で上がるところ、今日は最後まで残って、「鍵は閉めておくから!」と親父までも追い出した。

 そして待つこと三十分。二階からの物音を聞きつけ、帰ろうとしていた宗司さんを引っ張り込んだ。


「宗司さん、お話があります」

「詩子さん? まだ残ってたの」

「話があるから待ってたの。座って」


戸惑う宗司さんをカウンター席に座らせ、あたしは中へ入った。
現在店内に残っているのはあたしだけ。
コーヒーメーカーの電源も落としてしまったので、ティーポットでお茶を入れる。

突然のあたしの行動にビビっているのか、宗司さんはカチコチに固まりながらあたしを見つめている。


「……嫌な話?」

「どうかしら。あたしは天地がひっくり返ったような衝撃は受けたけど」


紅茶を差し出し、カウンターを挟んで向かい合ったまま、あたしは話し始めた。


「実はね……」


宗司さんは、あたしが話し終えるまで一貫して反論なんかはせず、時々あたしの顔を確認しながら、相槌だけを返した。

彼の表情に、驚きや焦りはなかった。

冷静な顔で淡々と話を聞く彼に、あたしはなぜか不安になってきた。

離れなきゃならないかもって話をしているのに、この人なんで冷静なの?


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