ショコラ SideStory
「昔はさ、休みの日はよく俺の足にまとわりついてきたんだ。遊ぼうってな」
「いつの時代の話よ。黒歴史よ、そんなの」
「まあそういうな。父親にとっちゃ大事なメモリアルだ」
親父は手を地面と平行にして、足のもものあたりにおろす。
「小学校入学の時がこのくらい。卒業の時がこのくらいだな」
急に私の目線の高さまで手が上がる。
「この頃には、もう俺には寄り付かなくなっていたな。臭いだのキモイだの、さんざん言われた」
「そうだっけ」
いやでも、女子の普通の反抗期じゃない? それ。
そんな傷つかれても困るわよ。
「今の身長になったくらいのころ、俺と康子さん、ケンカして離婚しただろう。お前と康子さんは仲のいい親子だったし、俺が泣きついたところで、あっちに行くもんだろうと思っていた。でもお前は、俺の方に残ってくれた。……嬉しくてな、お前を手放したくなかったんだ」
親父が立ち止まる。二歩ほど先に進んでしまったあたしは、慌てて振り向いた。
「父さん?」
「香坂さんの話は、お前にとってはいい話だよ。あの人が認めた職人なら腕は確かだ。多分、……あっちが人手不足というよりは、香坂さんが頼んでくれたんじゃないかと思う」
「え……?」
「俺がお前にアイシングクッキーを担当させたのは、昼間香坂さんが言ったのと同じ理由でだ。でも俺は、自分の手元からお前を離す勇気がなかった。そこを、香坂さんは見抜いていたんだと思う」
“継がせるつもりがないのなら、別の技術を身につけさせるべきだ”
そう思えばこそ、あたしにアイシングの道を開いてくれたのだろう。
親父も、香坂さんも、あたしの将来を案じてくれている。