ショコラ SideStory
あたしは意を決して扉を開けた。
カランとなる鈴の音。
普段お客の到来を告げるその音が、あたしと宗司さんの間で優しく鳴る。
「詩子さん」
「宗司さん、……あの」
次の瞬間、目を潤ませつつも怒った顔の宗司さんが、あたしの頬を軽く叩いた。
何が起こったの?
この人から叩かれるとか本当に想像もつかなかったことなんだけど。
「なんで、話の途中で逃げるんだよ」
「ご、ごめん、だって」
「離れて平気だなんて、誰が言ったんだよ」
「だって」
「俺たち、結婚するんだろ? これから一生、一緒に生きるんだろ? 八十まで生きるとしても五十年以上あるんだよ? その中の、たった一年やそこらじゃないか。詩子さんが一生自信を持てる技術が手に入るなら、俺はいくらでも我慢する」
「宗司さん」
「詩子さんだって、魅力を感じてたんだろ? でなきゃ、俺に話す前に、その場で断るだろう?」
それはまさにその通りで、思わず息を呑んでしまった。
宗司さんはそこまで理解していたから、最初から動揺した素振りすら見せなかったんだ。
「ごめん……でも、あたし、宗司さんと離れるの寂しいのよ」
「そんなの当たり前だろ。俺がそうじゃないとでも言うの」
「宗司さんが、あんまりにも勧めるから、あなたは平気なのかと思ったの」
「そんなわけないだろ」
「ごめんなさい」
叩かれた頬を抑えながら、涙が浮き上がってくる。