ショコラ SideStory
詩子が笑顔で出ていく。
いつの間に、あんな大人な顔をするようになったんだろう。
店のガラスから、どんどん小さくなっていく影。
振り返るか、と思ってみていたけれど、詩子は振り返りはしなかった。
出ていかれるのって寂しいものだったんだな。
自分が出ていく時より、ずっとずっと切ない。
目の前に、差し出されたのはペーパーナプキン。
「ごめん、すぐ取れるのがこれしかなかった」
頬を伝っているのは涙か。泣いていることにも気づかないなんてどうかしているとしか思えない。
「いやよ。こっちがいいわ」
彼のシャツに顔をうずめて、静かに目を閉じる。そっと背中に回される手に甘えて、体重を乗せる。
ああ、しばらくこのままでいたいなあ。
「康子さん、今日店手伝わない?」
「休みだからいいけど。……なんで?」
「寂しいから一人になりたくないんだよね、俺」
これから店にはマサくんが来て、客もたくさん来るはずだ。
あなたが心配しているのは、私がひとりになることなのに。
そんな言い方をしてくるのは、やっぱり私のことを理解してくれているからで。
「いいわよ。看板娘の代わりにまではならないけどね」
彼のシャツで顔を拭いたら、口紅がぴったりついてしまってる。
「あらやだ。隆二くんも着替えなきゃ」
「ホントだ。大丈夫、シャツは替えがあるんだ。店の他のものと一緒にクリーニングに出してるから」
そんな感じで上着を脱ぎながら、私はじゃあエプロンでも、と物色していたら、扉付近でカランと鈴の音がした。
「おはよーございま……」
顔を上げたマサくんは、脱ぎかけの隆二くんを見て固まる。
「なっ。朝から。つか、すいません!」
「ちょっと待てマサ! 誤解だ!」
真っ赤な顔で店を出ようとするマサくんを隆二くんが慌てて捕まえた。
詩子が帰ってくるころ、この店はどうなっているだろう。
ほぼ部外者である私にできることはそれほどないけれど、店のディスプレイくらいはあの子を真似して頑張ってみようか。
戻ってきた詩子が、のびのびと働ける場所であるように。
【Fin.】