そこじゃない、ここよ。【密フェチ】
ホントの私、知ってる?
雨音がする夜、彼の帰りを待っているのは少し長く感じてしまう。
ほんの少し、いつもより遅いだけなのに。
だから。ちょっとしたことを思いついてしまった。
くるりと茶色の芯を繰り出し、私はそのペン先を首筋に当てる。
自分でもふるっと感じるそこに、小さな点を印す。
小さな茶色の点、まるで『黒子』。
***
「ただいま」
「おかえり」
「急に降った」
「だから、傘を持っていくよう今朝も言ったのに」
めんどくさい。いつもそう。
そうして貴方は濡れて帰ってくる。
黒髪からも、スーツのジャケットからも、濡れた匂い。
貴方が使っているトワレ、オフィスでついてしまった埃や煙草の匂いさえも。なにもかもが、貴方の一日を物語る匂い。
一日を過ごしてきた貴方の匂いが、私は好き。
いつも二人でくつろぐベッドでまどろんでいると、シャワーを浴びた貴方もやってくる。
もう眠ったのかと微かに呟きながら、貴方の指先は黒髪で隠れている私のうなじを露わにする。
静かに羽毛でなでるような優しさで貴方は私の肌を撫でる。
寝たふり、そっと噛みしめる唇。すぐに感じたなんて知られたくなくて。
そして貴方はいつものところにキスをする。
うなじの下、そこに小さなホクロがあること、私も知っている。
だけど。ちょっと違うのよ。
いつもそこに貴方はキスをするけれど。
ほんのちょっとだけ、そこじゃない。
そして貴方も気がついた。
ホクロの横に、見慣れないホクロがあるって。
「ここに、ホクロなんてあったか」
「あったんじゃない」
「いや、なかった……だろ?」
言い淀む彼の指先がそこに触れてしまう。
「消えた。描いた?」
なんで、と不思議そうな貴方。
だけれど私はそしらぬふりで言う。
「ホクロにキスして。いつものように」
願い通り、彼の唇が降ってくる。
優しく触れただけ、小さく愛されただけなのに。
ついに、私の唇が儚く開いて、吐息を漏らしてしまった。
「そういうことか」
キスして欲しいところだって気づいた貴方は、いつも以上に長く愛してくれる。
「まさか。他にもあるとか」
「ないよ」
嘘。私、いっぱい印つけた。
貴方に愛して欲しいところに、印した。
うなじだけじゃない。脇の下も、乳房のふくらみにも、開いた足の奥にも。
外の匂いを落とした貴方は肉体の匂いだけになる。
その匂いが寄り添い、ほんとうの私を知る夜更け。
そこじゃない、ここよ。
キスしてほしいのは、ここ。