だってキミが好きだった
「あのままじゃ、アイツ壊れる。体も心も。だから俺はどうにか壊れねぇようにしたいんだよ、兄貴として」
歯を食い縛る千歳さんは何かに堪えている様に見える。
“兄貴として”
私と出会ったばかりの千歳さんなら言わなかったことだろう。
あの頃の千歳さんは全てがどうでも良いって感じだったから。
マスターが言った通り、千歳さんはもう荒れていた頃の千歳さんじゃない。
落ち着いてる。
「……俺が家に戻った時、アイツ俺に“兄貴遅い”って言ったんだ。記憶ねぇくせに俺を受け入れてんだよ、アイツ。でも本当は何もかも分からねぇから受け入れることしかできなかったんだ」
「でもその結果が、千早が暴れる理由にも繋がったんだろうな」そう続け、力無く笑う姿にズキリと胸が痛む。
受け入れることしか出来ない。
記憶が欲しい。
そんな想いが彼の心の中で溢れたんだろうな。
そして、破裂した。
その結果が――あの夜見た、彼の姿。
「……だから取り戻させてやりてぇ。それがダメならせめて教えてやらねぇか」
懇願するようなその瞳は紛れもなく私に向けられていて。
でも私はその瞳から逃れるように俯いた。
千歳さんの気持ちは分かる。
出来るなら協力したい。
だけど。
もし記憶を取り戻して彼が傷付いたら?
覚悟していても、もし“あの時”の彼みたいになったら?
そうしたら、教えない方が良かったって後悔するんじゃないの…?
「……記憶を取り戻さない限り、千早は壊れていく。
もうアイツに苦しみを与えたらいけねぇよ。
……きっと同じことを言うんじゃねぇか?
――“ミナ”も」
“ミナ”
その名前を聞いたのはいつぶりだろうか。
千歳さんが優しい瞳でその名前を言った途端、私はビクリと反応した。