だってキミが好きだった
沈黙が流れる。
その沈黙は決して良いものではなくて居心地の悪さを感じさせるもの。
“ミナ”
懐かしい……懐かしいね。
久々に聞いたその名前に胸の高鳴りが治まらない。
“ミナ”
私はもう、その名前を口にすることはできないや。
「……そう、ですね。あの子ならきっとそう言う気がします」
瞼を閉れば、脳裏に映るあの子の姿。
いつでも笑っていて、
妙に大人びていて、
そして小さなあの子―……。
「囚われるなよ、菫」
「囚われる?」
「“ミナ”に」
「……」
囚われる、ってどういう意味なんだろうか。
意味によっては……―
――私はもう、囚われてるよ。
黙って千歳さんを見つめた後、再び椅子に腰を下ろす。
そして強く拳を握って口を開いた。
「彼のこと、考えさせてください」
きっと千歳さんの提案はこれからの彼の運命を左右するもの。
いやきっとじゃなくて……絶対って言った方がいいのかもしれない。
そしてその決断を任されたのは、私だ。
それなら、まだまだ悩んで考えて。
それから決断を出さないと。
「……分かった。まぁ飽くまで俺の考えだ。今すぐに答えが欲しいわけでもねぇからな」
ふぅ、と息を吐いて千歳さんはガタリと立ち上がる。
帰るんだろうか。
「マスターに“ありがとう”って伝えといてくれねぇか?これから用事があんだよ」
「……分かりました」
「ん、じゃあな。菫」
フッと優しい笑みを浮かべた後、くしゃりくしゃりとまた髪を乱してくる千歳さんを軽く睨む。
そんな私にふはっ、と笑いを溢して入ってきた時と同じ扉へと足を進めていった。
――カラン、カラン
鈴の音が店内に響く。
「あぁ、そうだった」
千歳さんの背中を見ていたけれど、千歳さんが私の方を振り返ったことで視線は自然と千歳さんの顔に向かう。
ニヤリと笑うその顔は、何を考えているのだろうか。
……きっと、悪いことに違いない。
「千早に飽きたら俺のとこに来い。俺の気持ちは変わってねぇよ」
最後にそう言い残し、千歳さんは外へと消えていく。
――カラン、カラン
鈴の音がまた鳴り響いた。