だってキミが好きだった
ベンチに置いてある右手の指を少し曲げてみれば、変な感触が伝わってきた。
掘られてあるような、ヘコんでいる感触。
ソッと手を退けて見てみれば、――次の瞬間、私の目は大きく見開かれる。
「こ、れ……」
ポツリと呟いた言葉は自分でも分かるくらい震えていた。
「うわわ、にげないと!」
「10秒かぞえたらいくね、いーち、にーい、さーん、」
「いそげー!おにさんにつかまっちゃうー!」
頬に冷たい何かが伝う。
ポツリ、と落ちていくソレは木製のベンチに次々、シミを作っていった。
「――はぁ、はぁ、ここまでくればおにさんにつかまらないもん!……あれ?おねえちゃん、どうしたの?」
どうしたの?
私がどうしたの?
「ないてるの?」
――泣いてるの?
「あのね、“かなしいきもち”になったらね、はなせばいいんだって!ママがいってたよ?」
「……話せば、いいの?」
「う、うん!」
「そっか……ありがとう」
「ううん、あっ!あのね、おにごっこしてるの!おねえちゃんもやろう?」
「……ううん、お姉ちゃんね、出来ないの」
「どうして?」
コテン、と首を傾げ純粋な瞳で見てくる女の子。
その質問に一度間を開けて、口角を上げ、口を開いた。
「お姉ちゃんね、その人を悲しませちゃう悪ーいお化けさんに取り付かれちゃってるの。だから泣いてるんだよ?
お姉ちゃんと一緒にいたら、悲しい気持ちになっちゃうんだ」
「そうなの?」
「うん」
「……“かなしいきもち”になるの、いやだな」
「うん」
「ごめんね、おねえちゃん」
「ううん。楽しんできてね」
「うん!」
「ばいばい!」そう言って走り去っていく小さい背中を見ながらソッと目に手を添える。
指の先に付いたのは、冷たい涙。
「……公園、何で来ちゃったんだろう」
来なかったらら、泣いてなんかなかった。
“すみれちゃん ちはやくん”
そう彫られてあったまだまだ上手いとは言えない字を、見ることはなかったのに。
「……こんなところに、何で彫ってるの」
空を見上げてみれば、その空は完璧に朱色に染まっていた。
只でさえ思い出が多いこの場所に、その思い出を思い出させるこの文字。
一ヶ月前は、気付かなかったな。
一ヶ月前……彼と此処で“サヨナラ”した時は、気付かなかったな。