後姿【密フェチ/BL】
後姿
「──いらっしゃいま……うわ、本当に来たのかよ」
営業スマイルから一気に普段の顔へと様変わり。
そんなにバイト先に来られては困るのだろうか。
「ちょうど通り掛かったんだよ」
窓際の席に案内されてメニューを眺めていると、仏頂面した彼がおしぼりとお冷を持って来た。
「決まったら呼べよ」
僕、一応お客さんなんだけどな。
そんな文句を言う前に、彼は踵を返してカウンターの奥へと消えて行ってしまった。
駅前の賑やかな通りからは少し離れた所にある、オシャレな今時風のカフェ。
ホールスタッフのバイトをしているのは知っていたけど、まさかこんな所だったとは。
何気なく店内を見渡すと、昼の混雑時を過ぎているとはいえ、客の姿は多い。
サラリーマン風の人もいるけど、明らかに女性客の方が多い。
テーブルに備え付けられているブザーを押すと、程無くして彼がやって来た。
「決まったか?」
「ちょっと、なんで怒ってるの」
「怒ってねーよ。決まったんならさっさと言え」
口ではそう言っても、顔がかなり不機嫌だ。
折角、ギャルソン衣装着てカッチリと決まっているのに、何だかなぁ……。
「案外似合うね、その服」
「うるせーよ。早くしろ」
「後姿が色っぽい」
「……っ」
「日替りパスタとアイスコーヒーね。それから……」
それから、今夜、逢いにいくよ。
呟きは喧騒に掻き消されてしまうかと思ったけど、彼には届いたみたいだ。
耳が赤くなって、僕を見ようとしない。
逃げるように奥へ消えて行く彼の後姿を、目に焼き付ける。
白いシャツ。
背中がざっくりとあいている黒のベスト。
黒い細身のスラックス。
足首まである黒のエプロン。
ベストとエプロンが、彼の細腰を誇張している様で。
思い出す度に、とくん、と血流が増す。
夜まで、待てるかな。
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