嘘吐きな恋人
振り返る余裕なんてあるはずもない。
手だけを軽く振って、今度こそあたしは教室から足を踏み出した。
ドアを閉めた途端、振られちゃったねーしろちゃん、その間あたし相手してあげるよーとはしゃぐ女の子の声が耳に届いた。
それに笑って応えるしろの声も。
消化できない苛立ちから逃げるように足早に廊下を歩き去って、階段を下る。
なんであたしが逃げてるみたいになってるんだろう、と癪な気もする。
でも、それさえもどうでもいいような気もしていた。
階段を降り切りかけたところで、「千沙」と声が落ちてきて、あたしは足を止めて、視線を持ち上げる。
呆れきった声に、言われるだろう内容は分かり切っていたけれど。
「……木原」
「おまえ、ありゃかっこつけすぎだろー。城井、全然反省してねぇぞ」
とんとんと階段を飛ばし降りてきた木原が隣に並ぶ。「今も女子とくっちゃべってんぞー」と聞いてもいない情報をへらりと提供して、あたしの顔を覗き込む。
そして、笑みを引っ込めて真面目な色を表情に乗せた。