不思議電波塔
そうなのだ。
入学以来、ずっと学年のトップクラスの成績を修めて来ている由貴が、未だに進路について口にしない。
元々意志の強い方ではあるし、こうと決めたらやり抜く忍耐強さもあるのだが──。
「由貴は音大を選択しても大丈夫なくらいの才能はあるんだよ。ただ、由貴、今小説書いていて…それを読んでいたら、由貴は文才を生かす方面の才能を伸ばしてもいい気がして」
「え?小説?」
「うん。かなり書ける方だと思う。読んでいて素直に面白かったから。考えていることが『由貴』なんだよね。こういうこと考えるのか、って感心したり。ただ、由貴の場合、それは純粋に『書きたいもの』なんだよね。それを仕事にしたいかと問われた時に、由貴がそれでも書いていけるのか、という心配もある。由貴はそのあたりがデリケートだから」
「そうか…。『書きたいもの』と『仕事』は、たぶん違うものね」
「そう。由貴が『自分の世界』を傷つけられたくない場合は、仕事にはしない方がいいと思う。その方が生き生きと書けると思うし」
「由貴もそのあたりを悩んでいるとか?」
「わからないけど…。由貴の性格からすれば、じっくり考えてから決めるタイプだから。こうと決めたら自分から動くんじゃないかな」
「四季としては、一緒に音大で学びたいんじゃない?」
「そうだね。一緒にピアノを弾けたらいいとは思うけど…。こればかりはね」
幼い頃から一緒に過ごしてきた従弟。
でも大人になればずっと一緒にいられるというわけではない。
由貴には由貴の生き方があるはずだから。
「由貴の小説の絵を描いたら、由貴、喜んでくれた」
「え?描いたの?」
「今日は由貴にスケッチブックごと持たせちゃった」
「見たかった」
「ふふ。今度ね」
「逆に四季は絵の才能を生かしてみたら?本業はピアニストで、絵は趣味で」
「そうだね。そうなると忙しくなりそうだけど」
「大丈夫よ。四季には私がいるから」
「ありがとう。頼りにしてる」
まだ見えない未来を心に描きながら歩いている今。
練習したい、と忍が言った。ヴァイオリンを構える。
やがてヴァイオリンとピアノの協奏曲が聴こえ始めた。
*