不思議電波塔



 そのままの気分では書く気になれなかったため、CDをかけて本棚の整理をし始めた。

 こういう日常的なことをしている時にも、ふっと物語のエピソードが降りてくることがあるのだ。

 携帯がメールを受信する。着信音が鳴り、由貴はメールを確認した。

 由貴の彼女である桜沢涼からだった。

『約束していなかったけど、今からお家に来てもいい?』

 由貴の表情がふっと柔らかくなる。

『うん。待ってる』

 返信メールを送った。





 ふっと思い浮かんだエピソードを書きとめているノートを由貴は見始めた。

 イレーネがひとり、馬に乗ったまま夜の森を抜けてゆくところを、妖鳥に襲われるエピソードがある。

 エピソードとして出来ているが、小説としてはまだ書いたことはない。

(襲うものが虚無だったらイレーネはどう戦うんだろう)

 襲うものが外からなら応戦する心にも揺らぎは少ないだろう。

 けれども虚無というのは外からも内からも侵食する類いのものである気がした。

(今の俺が『虚無』に侵食されている気がする)

 こんなことは何処にでも、いくらでも、あることなんだろうか?

 虚無というのは夢と同じくらいに無限で、無いようで有るもの、有るようで無いもののような気がする。

 由貴はいつしか、その世界に入り込み、思いめぐらせ始めた。



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