不思議電波塔
三十分後、苳夜は由貴の作ってくれた、野菜とキノコ入りのスパゲティとスープを食していた。
「生き返るー。マジで旨いんだけど」
ご飯を炊くのは時間がかかるため、そのメニューになったのである。
本当にお腹が空いていたらしい苳夜に、由貴は「どうも」と口にした。
由貴の家は父子家庭で家事は由貴がしているため、料理が上手いのである。
予想を外さず、苳夜はマンガの原稿の締め切りに追われていた。
先月雑誌でプロデビューしたばかりで、デビュー後の第一作を描かなければならないのだという。
四季は散らかった部屋を片づけながら、時々、描き散らした苳夜の原稿に見入っている。
「すごいね、何か…」
マンガらしい絵も描かないことはないが、ストーリーマンガなるものを描いたことのない四季は、感心したように呟いた。
大盛りのスパゲティをぺろりと平らげた苳夜は「ごっそーさん」と手を合わせる。
原稿を見ている四季に声を投げた。
「それ、いいと思う?自分で何度もリテイク出して描き直しているうちに、何が何だかわかんなくなってきちゃって、自分じゃもう判断つかなくなってんだよね」
「え?このレベルの絵、何枚も描いてるの?」
「描くよ、そりゃ。自分の作品妥協したら、イヤな思いするのは自分じゃん?いいマンガ描けば、ついてきてくれるファンも出てきてくれるだろうし。でも、デビュー後第一作って自分でも思ったよりプレッシャーでかかったみたいでさ、情けないことに三箇日明けてから風邪ひいて寝込んでたわけよ。で、今切羽詰まってるところ」
苳夜は四季の見ている原稿のそばからもう一枚の原稿を見せた。
「これが最初に描いたやつ、四季が持っているのが後に描いたやつ。見比べてみての感想が欲しい」
苳夜も四季が美術の時間に描いていた絵を知っている。繊細な絵だった。
迷い線のほとんどない流麗な描線で細やかに描かれていた。
細やかなものは、ともすると窮屈で隙のない雰囲気になりそうなものなのに、四季の絵は何処かに自然なゆるやかさと余白が残されている。
本人が意識してそういう描き方になっているのかはわからないが、意識的にしろ無意識的にしろ、あんなに自然な雰囲気で表現が出来ているのだとすれば、才能だ。