地球の三角、宇宙の四角。
病院内にはステキさん達がたくさんいるのです。
松波さんと別れた後、自分の部屋に戻る途中、廊下の影から「ちょっとちょっと」と手招きをする女の人に呼び止められた。
「ちょっとこっち、ちょっとこっちきて」
と、小声で手招きする女性は目がギョロリと飛び出したような目で私を見る。汗ばんだ顔はビックリしたようにも見えた。
「どうか、しました?」
おそるおそる近づいていく、「どうしたんですか?」ともう一度聞くと「ちょっと、ちょっとだけでいいから一緒にいて2人で居る方が安全だから」
「安全?」
「しっ! ちょっと静かに」と手を掴まれて影の方に引き込まれた。
「1人で居るとまずいのよ」と女の人は近い距離で早口にささやいた。
「え?」
「病院の、医者や看護婦。みんな隠れてて私のこと見てるの」
キョロキョロとあたりを見渡してみても、静まりかえった廊下には誰もいないし気配すらしない。ここまで歩いてきたときも誰にも会わなかったし、それに職員達は今、チョクゲン中だか8時会のはずだ。
「私のことを捕まえて、全身麻酔を打たれるの」
と、女の人は怯えるように早口でしゃべり出した。
「全身麻酔で寝ている私はアイツらに、やらしい写真を取られるのよ。そうよ。そうに違いないわ」
「写真。ですか?」
「そうよ、写真だけならまだいいわ」
この人の裸の写真が頭に浮かぶ……。幾つぐらいの人なんだろうか、まるで見当が付かない。
「それで、無防備に寝ている私をいいことに、あいつらは欲望のままに私の胸を揉むのよ」
そう言った彼女は服の上から自分の胸をまさぐり、病衣をたくしあげてパンツに手を掛けたあたりで、私はその腕を掴んで止めてあげた。もしかするとこの人が、松波さんが話をしていたアイドルオバサンと呼ばれる人なのかもしれない。
「おねぇさん!!」
真剣なカオをして、小さな声で叫んだ。
「だめだよ、おねぇさん。写真撮られてしまうよ!」
「え? やだ」
「ホラ、あそこの影から」
興奮状態にいる患者を落ち着かせるためには乗ってやるのが良いと直感で判断したが根拠はない。「だめですよ」とささやき両手をゆっくりとさすりながら、きおつけの格好をさせる。
「そ、そうね、ありがとう」
松波さんは常に何かから逃げている人といっていたけど、本当に被害妄想なのかな。
「あいつらは私をデビューさせないで、ここにずっと私のことを閉じこめておく気よ。私の……私の……」
「おねぇさん」
「は、はい」
「おねぇさんはキレイすぎるからサングラスとか帽子をかぶっている方がいいかもしれませんね」
「そ、そうね、ありがとう」
アイドルオバサンは安心したように微笑んだ。昔は相当キレイだったかもしれない。そう思えた。
「あなたも、若くてかわいいんだから気をつけなさいよ」
「え? なんですか? もう一回言って下さい」
「あんたも若くてかわいいんだから気をつけなさいよ」
わかくてかわいいというその言葉をキャラメルを舌で溶かすようにして味わう。うそでもいい。可愛いという言葉を耳に入れるたびに女の子は可愛くなると。なんだかそう思っておるのです。
「はい、この病棟ではおねぇさんの次ぐらいにかわいいから気をつけないと行けませんね」
そう言って立ち去ろうとしたときに「ちょっと」と、引き留められた。
「私の次にかわいいのは、松浦あやよ」
「あやや、ですか?」
「そう、あやや。その次が松田聖子さん。あなたはその次ぐらい」
「すいま…」簡単に出そうになった言葉を飲み込んだ。謝ればブサイクになるという言葉を思い出しつつ話を続けた。
「でも、病院の中ですよ? ねぇさん?」
「そうね、この病院では整形外科の女医の先生がかわいいわね」
「ほんとですか? 今度見ておきます」
「そうしなさい、あの子は人気出ると思うの私」
そんなとりとめもない話をしていると、穏やかな顔が急に変わった。なんの前触れもなく表情が切り替わった。
「だから、ここの病院のクスリは飲んじゃダメよ。あなた手術受けるんでしょ?しちゃダメよ」
「わかりました。気をつけます」と、返事はしたものの、どうして手術のことをという疑問。それにさっきから、このやりとり以前どこかで、という感覚に襲われると【はゆみちゃんは、物の前後がわからなくなるといった精神疾患の入り口に今は立っているのであります】という男性声が早口で脳内に響いた。
それに自分がこれから戻ろうとする部屋の前には、さっきまでいなかった白髪交じりの男性がうつむいてこめかみを押さえながら立ち、独り言をしゃべっていた。
目の前のアイドルオバサンは更に近い距離でどこどこの何々さんはかわいいという話を私の目をしっかり見つめて話すが、内容はまるで頭に入っては来なかった。
ドアの前に立つ男はキョロキョロとしている。目が合う前に顔を伏せた。今戻るのだけは止めておこう。と、そう思った。
そう思ってたのに、彼は近づいてきた。
「ちょっとこっち、ちょっとこっちきて」
と、小声で手招きする女性は目がギョロリと飛び出したような目で私を見る。汗ばんだ顔はビックリしたようにも見えた。
「どうか、しました?」
おそるおそる近づいていく、「どうしたんですか?」ともう一度聞くと「ちょっと、ちょっとだけでいいから一緒にいて2人で居る方が安全だから」
「安全?」
「しっ! ちょっと静かに」と手を掴まれて影の方に引き込まれた。
「1人で居るとまずいのよ」と女の人は近い距離で早口にささやいた。
「え?」
「病院の、医者や看護婦。みんな隠れてて私のこと見てるの」
キョロキョロとあたりを見渡してみても、静まりかえった廊下には誰もいないし気配すらしない。ここまで歩いてきたときも誰にも会わなかったし、それに職員達は今、チョクゲン中だか8時会のはずだ。
「私のことを捕まえて、全身麻酔を打たれるの」
と、女の人は怯えるように早口でしゃべり出した。
「全身麻酔で寝ている私はアイツらに、やらしい写真を取られるのよ。そうよ。そうに違いないわ」
「写真。ですか?」
「そうよ、写真だけならまだいいわ」
この人の裸の写真が頭に浮かぶ……。幾つぐらいの人なんだろうか、まるで見当が付かない。
「それで、無防備に寝ている私をいいことに、あいつらは欲望のままに私の胸を揉むのよ」
そう言った彼女は服の上から自分の胸をまさぐり、病衣をたくしあげてパンツに手を掛けたあたりで、私はその腕を掴んで止めてあげた。もしかするとこの人が、松波さんが話をしていたアイドルオバサンと呼ばれる人なのかもしれない。
「おねぇさん!!」
真剣なカオをして、小さな声で叫んだ。
「だめだよ、おねぇさん。写真撮られてしまうよ!」
「え? やだ」
「ホラ、あそこの影から」
興奮状態にいる患者を落ち着かせるためには乗ってやるのが良いと直感で判断したが根拠はない。「だめですよ」とささやき両手をゆっくりとさすりながら、きおつけの格好をさせる。
「そ、そうね、ありがとう」
松波さんは常に何かから逃げている人といっていたけど、本当に被害妄想なのかな。
「あいつらは私をデビューさせないで、ここにずっと私のことを閉じこめておく気よ。私の……私の……」
「おねぇさん」
「は、はい」
「おねぇさんはキレイすぎるからサングラスとか帽子をかぶっている方がいいかもしれませんね」
「そ、そうね、ありがとう」
アイドルオバサンは安心したように微笑んだ。昔は相当キレイだったかもしれない。そう思えた。
「あなたも、若くてかわいいんだから気をつけなさいよ」
「え? なんですか? もう一回言って下さい」
「あんたも若くてかわいいんだから気をつけなさいよ」
わかくてかわいいというその言葉をキャラメルを舌で溶かすようにして味わう。うそでもいい。可愛いという言葉を耳に入れるたびに女の子は可愛くなると。なんだかそう思っておるのです。
「はい、この病棟ではおねぇさんの次ぐらいにかわいいから気をつけないと行けませんね」
そう言って立ち去ろうとしたときに「ちょっと」と、引き留められた。
「私の次にかわいいのは、松浦あやよ」
「あやや、ですか?」
「そう、あやや。その次が松田聖子さん。あなたはその次ぐらい」
「すいま…」簡単に出そうになった言葉を飲み込んだ。謝ればブサイクになるという言葉を思い出しつつ話を続けた。
「でも、病院の中ですよ? ねぇさん?」
「そうね、この病院では整形外科の女医の先生がかわいいわね」
「ほんとですか? 今度見ておきます」
「そうしなさい、あの子は人気出ると思うの私」
そんなとりとめもない話をしていると、穏やかな顔が急に変わった。なんの前触れもなく表情が切り替わった。
「だから、ここの病院のクスリは飲んじゃダメよ。あなた手術受けるんでしょ?しちゃダメよ」
「わかりました。気をつけます」と、返事はしたものの、どうして手術のことをという疑問。それにさっきから、このやりとり以前どこかで、という感覚に襲われると【はゆみちゃんは、物の前後がわからなくなるといった精神疾患の入り口に今は立っているのであります】という男性声が早口で脳内に響いた。
それに自分がこれから戻ろうとする部屋の前には、さっきまでいなかった白髪交じりの男性がうつむいてこめかみを押さえながら立ち、独り言をしゃべっていた。
目の前のアイドルオバサンは更に近い距離でどこどこの何々さんはかわいいという話を私の目をしっかり見つめて話すが、内容はまるで頭に入っては来なかった。
ドアの前に立つ男はキョロキョロとしている。目が合う前に顔を伏せた。今戻るのだけは止めておこう。と、そう思った。
そう思ってたのに、彼は近づいてきた。