地球の三角、宇宙の四角。
手術室に入る直前に転がるようにして飛び降りて、制止しようとする医者や看護師を振り払いながら逃げようとしている。

そこに現れた老人が「はやく逃げな!」と、タイヤの付いたベッドの向きを変えて、廊下をせき止めるようにして私を逃がしてくれた――

こんな場面。あったのだろうか?

さっき見た、弾け散る私の死体。それとベッドから転がるようにして降りる場面が、瞬きを2回するほどの短い時間に映像で浮かんで。

ただ、ただ、困惑した。

何も考えなくてもいい。何も思い出さなくていい。かなくんの繰り返してくれるその言葉。

その言葉が、逆に有りもしない出来事を創り出したんだろうか。

「無理に思い出す必要なんかないし」

私の両手を掴んだ手は、とても温かかった。

両手を握りしめられたまま、彼は祈るように私の両手を口元に寄せた。

「もう、何も考えなくていい」

「もう、何も思い出さなくていい」

繰り返す言葉。その言葉に何か返そうとするそのクチをまた塞がれてしまう。そしてまた強く抱きしめられる。

強く抱きしめられると、頭の中が真っ白になってまた飛んでしまうと思ってしまう。

記憶がというのではなく、今はもう、場面ですら飛んで繋がりをもてない。わたしはいよいよどうにかなってしまうのだろうか、そんなことを何度も考えてしまう。それが、ついさっきなのか、ずいぶん前なのか、これからなのかがわからない。どこからおかしいのか考えようとする。かなくんはもう何も考えるな。何も思い出すなと言う。病院の窓枠に足をかけて、そして飛び降りて地面にぶつかってはじけるイメージが広がった。はじけた瞬間に私の体の少し後ろの方が、ぞくぞくとした。その反応を見てかなくんは腰を強く抱き、両手を握られた。涙でぼやけて、ゆらゆらとゆれるかなくんがいて、目を閉じると大粒の涙がこぼれた。

手術をした方が良かったんじゃないのか。


< 131 / 232 >

この作品をシェア

pagetop