barqueにゆられて
死にたがり
【 死にたがり 】
私の店に、一人の男が訪ねて参りました。
死臭まみれの男です。とにかく全身で、私に、死にたいと訴えているのです。しかし、不思議なのは、その装いであります。背広は真新しく、皺のひとつもありません。シャツもネクタイも、そこそこ有名なブランドの品でした。その辛気臭い顔さえしなければ、つまりはイイ男で、目鼻立ちもしっかりしていますから、女性からは好評を得ているのではないか、というのが私の第一印象でございます。
「――いらっしゃいませ。ご注文は?」
どこの席にも着こうとしない男に近づき、私は接客の決まり文句を言いました。しかしそれに対する男の第一声が、死にたい、でした。私の店には、アフタヌーンティーを楽しみにやってきた方や、お仕事なのでしょうか、パソコンを持ち込んでいらっしゃる方もいらっしゃいます。そういった方たちは、そんな男の来訪と発言に、唖然としていらっしゃいました。しかし、彼らには直接関係のないことですから、すぐに視線を外して、会話の筋を元に戻したり、自分の仕事を再開したりしました。
男は談笑し始めた他のお客様を茫洋と眺めたあと、より深くうな垂れてしまいました。しかし、私の先ほどの言葉を、真っ黒になった頭の中に留めておいて下さっていたようで、とてもゆっくりとした動きで、カウンターに腰を下ろされました。
「ご注文をどうぞ」
「――死にたい」
まるで、機械のようです。登録された言葉は、死に関するものしかありません。びっくりするほど、悲観的なプログラムです。
しかし彼は機械ではありません、列記とした人間なのです。
私は男に、声をかけました。
「では、どのように、死にたいですか?」
「………」
不思議でした。男は私の言葉を聞いて、驚いたように顔を上げたのです。大きく目が見開かれていて、仕舞いには輝いていました。
私は彼に、ふわり、と微笑みかけました。