barqueにゆられて



「首吊りがいいでしょうか。それとも、リストカットですかねぇ」
「あんた…」
「はい?」
 私を奇異な目で見つめてくるので、それもまた、私にとっては不思議でたまりません。ご注文は、という私の質問に対し、死にたい、というのが彼の言葉です。だから私は、彼が望んでいるのであろう言葉を、いくつか差し上げただけです。
 男は哀しそうな顔をして、またうな垂れました。
「あのぉ~…」
「あんたみたいに言われたのは、初めてだ」
 私は、私以外の人間が、誰かから、死にたい、と言われた時の返事を知りません。ですから、私のように言う人間が彼の周りにはいない、ということなんでしょう。
「では、他の方々は、どのようなお言葉を下さるのですか?」
「……馬鹿なこと言うな、とか、冗談だと思って、そう返してくる」
「なるほど。ということは、その人たちは、あなたに生きて欲しいのですね」
 私がそう申し上げますと、男は何故か眉間に皺を寄せて顔を逸らされてしまいました。
 これが、死んでしまおう、と考えている人間のする表情でしょうか。
 「……どうぞ、お召し上がり下さい」
 私は、彼の前に、ジノリのティーカップを置きました。このカップは、私のお気に入りでもあります。その中で湯気を立てているのは、ティンブラーです。薔薇に似た香りのする紅茶です。当店では、女性からの人気が高いメニューの一つでございます。
 彼は、俺は何も頼んでいない、と言いました。
「私の奢り、ということでどうでしょう?」
「………」
「冷めないうちに、どうぞ。身体が温まります」
 私に勧められて、彼はティーカップに手を伸ばそうとしますが、それをあと少しで止めてしまいました。そして彼の手は、テーブルの上で組まれました。



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