barqueにゆられて



「お引越しのシーズンはもう少し先ですし、冬も近づいているじゃないですか。でもクリスマスを特集に上げるにはまだ早いので、小物を中心にしたデザインなんかを紹介しようかなぁって」
 古橋さんも一緒に画面を覗く。彼の上体が屈む。シトラスの爽やかな香りが私の鼻腔を擽る。私の椅子の背凭れに彼の手が置かれたのがわかった。すぐ近くに感じる彼の体温。
 うわ、どうしよう、緊張して上手く喋れそうにないかも…。
「それで、何がイマイチだ? 企画の内容としては悪くない」
 うわぁ! 褒めてくれた!
「えと、その小物で、何をチョイスしようかと思っていまして……」
 視線を僅かに上げると、三十センチ離れた先に古橋さんの綺麗な横顔があった。思わず視線をパッと外して画面を食い入るように見つめる。
 心臓が、バックバック言ってるよ…!
 古橋さんは鼻から小さく息を吐くと、上体を起こして腕を組んだ。
「それくらいは自分で考えることだな」
「えー」
「自分で調べもしていないのに甘えるな」
「う…」
「やるだけやってみろ。どうしても駄目なら誰でもいいから相談しろ」
 そこで「俺に相談しろ」と言わない辺り、古橋さんらしいといえばらしい。そんなところも素敵だわ。
「……はい、ありがとうございます、やってみます」
 私にいつも足りないのは「自分が何とかしてやろう」という心意気。
 確かに今回は初めて負かされた、私にとっては今まで出一番大きな仕事。けれど不安と緊張の方が大きくてどうしようもない状態にあるから、「やるなら大胆にやろう、失敗も大胆にやろう」という開き直りというか、チャレンジ精神というか、そういうものも出てこない。
 失敗を恐れた結果の失敗は面倒な事になりやすいのが事実。それよりか自分で一生懸命考えてそれでも分からなくて「助けてください」って言う方が、きっと迷惑掛けられる先輩たちからしても大分マシなんだろうと思う。
 きっと古橋さんも同じ。一生懸命やった結果の失敗を強くは責めないはず。
 なら今できることを精一杯やってやるのが、私のすべきこと。
 私は袖をまくって気合を入れ直した。
 「壱岐、仕事終わりに、時間はあるか?」
 唐突に古橋さんに声を掛けられた。私はキーを打とうとしていた指の動きを止めて、彼を仰ぎ見る。
「上がってから、ですか?」
「ああ。時間があれば、少し俺に付き合ってもらいたい」
「……は、はい…大丈夫です」
「すまないな、頼む」
 彼の表情は何も変わらない。いつもの冷めた知的なオーラを纏わせて自分のデスクに戻っていった。
 私の頭の中では、某焼肉店の従業員たちの「喜んでー!」が沢山響いていた。



< 3 / 17 >

この作品をシェア

pagetop