barqueにゆられて



 午後6時を少し過ぎた頃。
 やって来たのは小さなお店。外装は少し古くて、玄関周りは秋の花やハーブの植えられたプランターが並べられている。看板はB3サイズの黒板で、「barque*Night」という文字が綺麗にレタリングされている。
「えっと……バ、バーク・ナイト?」
「『barque*Night』。朝の10時から夕方5時までは喫茶店、夕方6時から11時まではレストランバーになる」
 あたりはマンションやアパート、一戸建てが目立つ住宅街で、時折子どもたちの声が聞こえてくる。週末だし親子でどこかに出かけるのかもしれない。国道からほんの少し離れているからだろうか、騒音なども目立たない。秋の夕焼けに染まる茶色いログハウスに、私は言い知れぬ安心感を得ていた。
「古橋さんは、常連さんなんですか?」
「ああ、ここのアサリのワイン蒸しとペペロンチーノが最高に美味い」
「そんなに、ですか?」
「基本マスター一人で回している店だから回転率はあまり良くないんだが、そんなのも気にならないくらい穏やかに過ごせるんだ」
 値段は少々張るが、と古橋さんは微笑を零した。私は思わず心の中でガッツポーズ。
「マスター一人って…他に従業員さんはいないんですか?」
「ここを訪れるほとんどの人間が近所の奴らだからな。一見だとあまりにのんびりすぎる雰囲気に戸惑うだろうが、慣れてくると自宅にいる気分になる」
 こんなにウキウキしながら話す古橋さんを見たのは初めてだった。
「マスターも変わっているがいい人だ、お前もきっと気に入る」
「はぁ…」
 そして古橋さんはお店の扉を開けた。扉につけられた鈴が鳴る。



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