barqueにゆられて
適当な場所に腰を落ち着けて、私はジャケットを脱ぎながら古橋さんに小声で尋ねた。
「あ、あのマスターが、本当に一人で回しているんですか…?」
「そうだぞ」
「でも今日金曜日だし、忙しくなるんじゃ…」
「そうだろうな」
女の人一人で大丈夫なの!?
「いらっしゃいませ。こちらがメニューでございます」
そこへやって来たのは一人の男の子だった。お冷とメニュー表をそっとテーブルに置く。
「……見ない顔だ。アルバイトか?」
「あ、はい、そうです」
古橋さんよりも背が高く、少しおどおどしている男の子。大人びているがもたつく喋り方からして高校生だろう。
古橋さんはカウンターへ視線を向けてマスターに声を掛けた。
「マスターが誰かを雇うなんて珍しいんじゃないのか?」
するとマスターがカウンターから出てきて笑いながらこちらへ向かってくる。
「彼はまだ研修の身ですよ」
「今まで断ってきたと聞いていたんだがな」
「力仕事もありますし、高校生の今の時期にはいい社会勉強でしょう。ま、様子見です」
「本人の前ではっきり言う辺り、アンタらしい」
「そういう斎さんも誰かをここに連れてくるなんて、珍しいじゃないですか」
い・つ・き・さ・ん!? 名前呼び!? 私だって名前で呼びたい!!
マスターは私を見てニコリと微笑んだ。
「初めまして」
「は、はじめ、まして…」
おぉう、美人だわ…緊張する…。
「ふふ、可愛らしい女性ですね。職場の方ですか?」
「ああ、後輩だ」
「一丁前に先輩風吹かしているんですね、いいことです」
あぁああ古橋さんに向かってなんて口の利き方…! うちの職場でやったら確実に抹殺対象になってしまうのに!
しかしそうして会話をしている古橋さん当人はあまり気にしていない、というか彼女のその物言いをどこか楽しんでいるようにも見える。